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宇多丸、「音を立てたら、即死」の映画『クワイエット・プレイス』を語る!【映画評書き起こし 2018.10.5放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:

ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を約20分間に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。今夜はこの作品。『クワイエット・プレイス』

はい。(作品にちなんで)BGMなしでやれ、ということでね。でも、『クワイエット・プレイス』自体はガンガンに音楽が鳴る映画ですけどね。『ボーダーライン』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』などのエミリー・ブラント主演によるサバイバルホラー。音に反応して人間を襲う「何か」によって人類が滅亡寸前の世界。田舎町で静かに生き延びている主人公一家に「何か」の恐怖が忍びよる。監督と脚本を手がけたのは、出演もしている俳優のジョン・クラシンスキー。実生活でも夫婦のエミリー・ブラントとジョン・クラシンスキーが夫婦役で共演している、ということでございます。

ということで、全米でも非常に大ヒットして、日本でも話題を呼んでいます、この『クワイエット・プレイス』。もう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、やや多め。非常に話題になっていますからね。で、賛否の比率は「賛否半々」だそうです。

主な褒める意見としては、「映画館で観るべき映画」「音に反応するものから逃れるために音を出してはいけないというアイデアのみで最後まで緊張感を保つ演出が見事」「絶望的な世界の中でも未来に残そうとする夫婦の姿に感動」。否(定的な意見としては「設定が多いわりに何かがどれくらいの音で襲ってくるのかが曖昧など、大事な部分が雑」「音を出してはいけないという世界なのに、緊張感を煽るBGMが多様されていて興ざめ。予告編の方が面白かった」というようなご意見がございました。

 

■「持てる全ての武器を使い切ったジョン・クラシンスキー監督。今後も楽しみ」(byリスナー)

といったところで、代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ケイ」さん。「宇多丸師匠、はじめまして。いつも楽しく聞かせていただいておりますが、今回が初投稿になります」。ありがとうございます。このケイさんはですね、ジョン・クラシンスキーさんのキャリアになかなか詳しくてですね。いろいろと書いていただいていて、ちょっとかなり長いんで全部は読みきれないんですけども。

「……これまでジョン・クラシンスキーのクリエイティビティーは主に人を笑わせることに費やされてきました。出世作となった『The Office』『Lip Sync Battle』に代表されるジミー・ファロンの番組のゲーム。毎年クリスマスに行うジミー・キンメルへのいたずら、これまでの監督作2本もコメディーでした。そんなふざけた男のメジャー映画監督作は、いつものノリのコメディーではなく、ホラー映画でした。しかしながら、得意のコメディーを完全に封印しているにも関わらず、本作は実はクラシンスキーのキャリアの集大成とも言うべき作品に仕上がっています」。

で、ちょっとこれは端折らせていただきますが、要するに、笑いの間を取るのが上手い人だからこそ、恐怖演出とかも、非常に間の取り方が上手くて効果的である、とか。あと、マット・デイモンとともに執筆した『プロミスト・ランド』などで培われた脚本家としての力もある、とか。あとは、演技面でもコメディー俳優としての間の取り方だけではなく、少ない言葉で人を泣かせるという得意技、これが元々ありますよ、みたいなこと。あと最近、Amazonのドラマのジャック・ライアンシリーズ(『CIA分析官 ジャック・ライアン』)で、ジャック・ライアン役を改めてやったりとか、アクションヒーローとしての境地も開拓していますよ、とか。そのようなことをいろいろと書いていただいていて。

「メジャー映画初監督作にも関わらず、コメディーで培った“間”を活用した息もつかせぬ恐怖の連鎖。複雑な要素をシンプルにまとめあげたたしかな執筆力。自身の多面性を最大限に活かしたい演技。そして最も長い時間を一緒に過ごしてきた夫だからこそ切り取ることに成功したエミリー・ブラントの魅力と、堂々たる演出力で持てる全ての武器を使い切ったジョン・クラシンスキーは間違いなく今後が最も楽しみな監督です」というね、ジョン・クラシンスキーのキャリアに焦点を当てた評価メールでございました。

一方、ダメだったという方。「スナッチ」さん。「設定から予想したほど面白い映画ではありませんでした。登場人物たちの行動がことごとく納得できず、『どうしてそういう行動を取るの?』のオンパレード。全部サスペンスのために無理やりドラマを動かしてるようで、全く乗れませんでした。ツッコミどころが多すぎて、看過できる範囲を超えていました。『音を立ててはいけない』という設定のわりに音楽が入ってる時間が多く、あまり沈黙を大事にしてる感じもしませんでした」ということでございます。

 

■上映時間の大半が静寂に包まれる。メジャー映画では異例のつくり

はい。ということでみなさん、メールありがとうございます。『クワイエット・プレイス』、私もTOHOシネマズ六本木に公開2日目に見に行ったのと、バルト9で深夜に見てまいりました。特に公開2日目の六本木の方はまあまあ入っていて、外国の方も多めだったりして……という感じで、そんな風に、これはメールで書いてらっしゃる方も多かったですけども、やっぱりこれは映画館、それもわりと人が入った状態、ホットな空気感のある映画館で見るのが本当におすすめですね。多分、何割か増しで面白く感じると思うんですけど。つまり、公開からまだ間もないいまのうちに行っておくのがおすすめ、っていうことでもあるんですけども。

というのもこの『クワイエット・プレイス』。「音を立てたら、即死」というこれ、非常に秀逸な宣伝コピーですね。これね。元の英語コピーは「If they Hear You, They Hunt You」。それを上手くインパクトのある日本語に置き換えているのが、「音を立てたら、即死」っていう非常に秀逸な宣伝コピーで。これでみなさんもお分かりの通り、とにかく音に反応して人を襲ってくる「何か」。これ、一応ネタバレ厳禁みたいなことになっているらしいんで、正体とかそのへんについては触れないでおきますけども。その「何か」の脅威から、あるひとつの家族が、他の誰も守ってくれない孤立状態の中、どう生き延びて行くのか?という、言っちゃえば本当にそれだけのワンアイデアで、タイトにまとめた上映時間90分なわけですけどね。

まあ、平たく言えばこういうことですよね。スリラーとかサスペンスとかホラーとか、いろんな映画に本当によくある、「声出しちゃダメ!」っていう……隠れていて、隠れ場所にいて、「声出しちゃダメ!」みたいなシチュエーション、みなさんよく見たことあると思いますけど。それの、まあ脱出法のバリエーション含めて、ほぼそれの……とにかく「声出しちゃダメ!」と「脱出のバリエーション」っていうだけで通した1本、ということですけどね。で、そんな感じなので、上映時間90分中、普通に声を出して喋っている時間っていうのは多分、1分にも満たない、という感じですよね。会話にあたるものは、手話か、聞き取れないくらいのささやき声に字幕がつく、というような作りになっている。

で、言葉だけではなくて、生活全般が音をできるだけ立てないようになっている、という描写になっているわけですね。これはもちろん、さっきから言ってるように、「音を立てたら、即死」っていう状況で暮らしているがゆえなんですけど。そんなわけでとにかく、こういうシネコンでかかってるようなアメリカ製の娯楽映画、それも大ヒットしたような作品で……だから、なんて言うのかな、「音を立てちゃいけないっていう設定の割に音楽がかかりまくってる」って言うんだけど、アメリカ製の娯楽映画で実際に大ヒットした映画としては、って考えると、間違いなくかなり異例、なんなら異様なレベルで、静かな状態、少なくとも全く喋らないわけですから、90分のうちの89分はほとんど喋ってないわけですから、そんな状態がずーっと続く映画、というわけなんですね。

 

■緊張感の走る観客席。劇場自体も静寂に包まれる

加えて、この家族の、長女のリーガンさんという女の子がいる。彼女は、タイトルが出る前、アバンタイトルのシークエンスで、いかにこの物語世界において「音を立てたら即死」なのか……これはまあ物語世界、どうやら2020年っていう設定みたいですけども、いかに危ないのか?っていうあたり、いわば本作のルール説明にも当たるこのアバンタイトルのくだりで、家族に対して大きな負い目、罪悪感を背負ってしまう。まあ人間ドラマ的にはいちばん大きなところを担っているキャラクター、長女のリーガンっていうのがいるんですけども。

このリーガンさんは、実は聴覚障がいを持ってるっていう設定なわけですね。これ、演じているミリセント・シモンズさんという方、これたぶん本作を見た人にはいちばん印象に残る面構えを持った子役だと思いますけど。彼女自身が実際に聴覚障がいを持ってらっしゃる方で、というのがあるみたいですけど。まあ、聴覚障がいを持ってる。なので、これは本当に序盤から一貫してそういう演出をしてるんですけど、その長女リーガンの主観寄りのショットとかシーンになると、さっきまでの、単にしゃべらないとか音を立てないようにする、っていうレベルの静かさから、さらに一段上がった、完全な無音状態。

特に、彼女が補聴器を外すという……それまでの補聴器をつけてる状態だと、ほぼほぼ自然音とかがしない無音状態なんだけど、それでも薄く低く流れていた「グーッ」っていうようなノイズが、それも消える。だから、完全無音状態が、シネコンの映画館の中でそれなりの時間、現出するわけですよ、その彼女の周りのシーンだと。もう完全に「シーン……」ってなるっていう。映画をすでに見た方なら、この「補聴器を外すと完全に『シーン……』ってなる」っていう、補聴器をめぐる描写っていうのが、クライマックスのある展開の伏線に実はしっかりとなっている、っていうのはまあ分かると思うんですけども。

まあそんなわけで、ただでさえ音をさせたら即死っていう緊張感が張りつめる中、普通に大ヒットしたアメリカ産エンターテイメント映画としては異様なほどの静けさというかね、喋らなさがずっと続くところに、さらに完全な無音っていうのが時おり不意に訪れたりもする。で、そこでさっき言ったように映画館、それもそれなりに人が入ったホットな状態の映画館、っていう状況が活きてくるわけですよね。まあ観客、結構人がいる状態なんだけど、観客みんなも……元々日本の観客は世界的に見ても普段から異常におとなしい方だとは思うけども、それにしても明らかに通常の作品の上映時とは違うレベルで、全員ちょっと、身じろぐのも控えているというか。身じろぎもせず、音を立てないようにしている。っていうか、不用意に音を立てるのがはばかられるような緊張感、空気感に、劇場全体がはっきりとなっているのがわかるわけですよ。

 

■「興味の持続」というテクニックを効果的に使い切った

で、この沈黙とか無音の間を上手く使いこなして、観客の言ってみれば「呼吸」をコントロールして、グーッと、後にそれを爆発させるまで持っていく、みたいなのは、それこそ僕もライブパフォーマンスの時には当然のようにやっていたりする、極めて普遍的な演出の技なわけですよね。たとえば、それこそお笑いで言うと、妹尾匡夫さんが前に教えてくださいましたけど、伊東四朗さんが、観客の呼吸、「吸って吐いて、吸って吐いて……」をコントロールして爆笑に持っていく、っていうんだけども。そういうような、まあ呼吸をコントロールする、普遍的な演出の技ですけども。

この『クワイエット・プレイス』は、その沈黙とか無音……それはもちろん、本来はその後に来る「ドッカーン!」のための助走っていうのがその本質なわけですね。「吸って、吐いて、止めて……ドーン!」みたいなことなんだけど、この『クワイエット・プレイス』は、その沈黙とか無音が続く間の……その間は緊張感が持続するわけですよね。その持続する緊張感そのものをできるだけを延長・拡大してみせることで、これは僕が以前から使っている言い方ですけども、「興味の持続」そのものを延長・拡大している。

ちなみにその「興味の持続」っていうのはね……「興味の持続」が連続すると、観客は表面上「面白い」って感じるんだけど、実はそれは「面白さ」そのものとは、微妙かつ決定的に違うものでもあろう、と僕は考えてるんですけど。どっちかっていうと演出テクニックですね、「興味の持続」……とにかくその「興味の持続」を効果的に延長・拡大することに挑み、成功した一作、という風にこの『クワイエット・プレイス』は言っていいと思います。なので、ホラーというか……ホラー的な、その本質的・根源的な怖さというのを表現している映画というよりかは、やっぱりどっちかって言うと、ハラハラ・ドキドキ、そしてホッとする、というような、そのサスペンス的な面白み、というのがメインの作品なのは間違いないと思うんですけども。

 

■中盤のハイライト、エミリー・ブラントの出産シーン

あとは当然のことながら、単純に「急に大きな音を立てられたら生理的にびっくりするだろコラ!」っていう、そういうものも当然……「単にビクッとしただけだ、俺は!」っていうのもいっぱいありますけどもね(笑)。特に序盤とかは、「あのさ……それ、そんなに大きな音、しないだろ?」とか(笑)。あと、「単にBGMの音量が急に大きくなって驚いただけなんですけど!」みたいな。まあよくある、安いホラー演出というか、安いビックリ演出みたいなものは多々ありますよ、それはね。でも基本的には、沈黙とか静寂を、溜めて、溜めて、溜めて、溜めて~、溜めて~……ドーン!!っていう、この「溜めて~」の長さが普通の映画より長い、っていうのが、この『クワイエット・プレイス』のキモ、っていうことだと思いますね。

で、まあその意味でいちばん番盛り上がるのはやはり、中盤のハイライト。エミリー・ブラントが演じるお母さんがいるわけです。彼女は妊娠していて、そろそろ臨月を迎えている。言うまでもなく、赤ちゃんはどうしたって泣くものなわけで、これは出産をするっていう、妊娠・出産そのものがリスクをはらんでいる、っていう設定なんですね。にも関わらず、なんで彼女たちは子を新たにもうけるという選択をしたのかというと……っていうのは、ちゃんと理由があって。さっき言ったアバンタイトルで起こる、ある悲劇がある。それが影を落としているわけですね。

おそらく彼らは、こんなことになってしまった世界で、それでも生きて暮らしを続けていく意義、未来につなぐ希望みたいなものがないと、何のためにこんな苦労して生きているのかよくわかんない、っていうのがあったから、やっぱり(リスクは承知で新たに子を)作るっていう方を選択したんじゃないか……と思わせる、暗示させるような物語的積み重ねがあった上での、妊娠・出産というくだりなんですけど。まあ、とにかくそういう風に、こんな感じで人間ドラマの厚みがちゃんと用意されてるあたりも、本作がホラーとは言いながら、実は広い客層にアピールするというか、広い客層にとって「見やすい」映画になっているという理由のひとつかな、とも思いますけども。

とにかく、そのエミリー・ブラント演じるお母さん、エヴリンという人が、ついに破水してしまうわけですね。足元にビシャビシャビシャッと水が出てきて、「ああ、もうすぐ産まれちゃう……!」ってなる。で、いろいろあって他の家族は家にいない。もちろん声も出せない、音も立てられない、っていう状態で、果たしてじゃあ1人でお産ができるのかどうか?っていうところからの、このエミリー・ブラント演じるエヴリンさんに次々と襲いかかる受難の数々!っていう、ここが本当に中盤のハイライトというか、この映画全体でもいちばん盛り上がるところなんですけども。

 

■怖さを醸し出す「顔」の力

ただでさえ、出産の痛みっていうのがあるわけじゃないですか。まあ、映画とかはもちろん、実際の出産に立ち会われた方も(※宇多丸補足:放送時はうっかり付け加え忘れてしまいましたが、言うまでもなくご自身で出産された方も)当然お分かりの通り、大変で。「ううーんっ!」って、本当はあんなにいきんだりしなきゃいけないのに、でも(この映画だと)声は出せない、みたいなのがある。それに加えてもう1個、ちょっとあまりにもベタかつキツくて、ちょっと笑っちゃうぐらいな激痛展開が加わってですね(笑)。まあ思わず、そのエヴリンさんも、「う゛う゛っ!」「う゛ーんっ!」みたいなのを言っちゃっていて、それがまた(危機を招く)きっかけになっていましたけども……もちろん、それでも音に反応して襲ってくる「何か」っていうのもすぐそこに迫ってるんで。

とにかく、泣くことも叫ぶこともできないっていう、もう勘弁して!っていうような状況を、エミリー・ブラントさん……僕の持論で言うと、「怖い」映画とか「怖い」ビジュアル作品っていうのは、「怖い」って感じている人の表情、顔がものすごくキモだ、っていう風に思うわけですね。たとえば楳図かずお漫画がなんであんなに怖いかっていうと、「怖い」と感じている人の顔が怖い、っていう。で、そこがやっぱり今回のエミリー・ブラント、本当に本当にかわいそうになってくるほど、辛そうな顔全開の表情演技で。途中のあのバスタブに身を沈めているところも、「なんでこんな目にあうの!?」っていう感じとかを見事に表現しきっていると思いますね。エミリー・ブラントのベストアクトに近いと思いますけども。

 

■「ああ、やってもうたー! でも、気持ちいい~っ!」

そして彼女が、もう本当に我慢に我慢ですよ。出産も痛いし、プラスアルファでも痛いし、怖いし……って我慢に我慢を重ねて。さっき言ったように、本当は泣き叫びだしたいところを、溜めて、溜めて、溜めて~、溜めて~……ついに「もう無理! 赤ちゃん出ちゃうし、私は死ぬ! ギャーーーッ!」と、ついに溜めに溜めた分を吐き出すかのように、まさしく絶叫をする、その瞬間。しかもその、まあこれはベタなんだけど。まさにさっき言った「間」ですよね。「ギャーッ!」って叫びだすその一瞬手前まで、ずーっと音楽とかいろんなSEとかいろいろと鳴っていたのが、叫びだす一瞬手前……完全無音状態!を作ってからの、「ギャ~~ッ!」っていうね。

これ、予告でも画としては使われてたところですけど、本編の流れで見ると、ここ、もちろん話的には「ああっ、ついに! いままで我慢してたのにやっちゃった!」っていう怖さ、恐ろしさもあると同時に、さっき「沈黙とか無音の溜めは、後にそれをドカーンと爆発させるためにある助走だ」っていう風に僕、言いましたけども。まさしくそれを具現化するような、ドカーン!っていうね、非常に景気のいい大展開が、そこから怒涛のように始まっていくので。

まあ、もちろんさっきから言っているように怖いし、「ああ、やってもうたー!」っていうのはあるんだけど、同時に、溜め込んだものを一気に開放する!っていうさ、超我慢していたおしっこを漏らしちゃった時の快感とか、そういうのにも近い……(笑)。「ああ、やってもうたー! でも、気持ちいい~っ! なんならもう出しちまえ!(ジョバーッ!)」っていう(笑)、そういうすっごい大きなカタルシスも同時にやってくる。しかも、物語的にも、それぞれの家族がお互いを助けるべく勇気を振り絞って行動を起こすっていう、まさにその瞬間。非常に感動的なくだりでもあって。

あとちょっと、赤ちゃんが生まれるっていう、死と隣り合わせなんだけど、その赤ちゃんが生まれるという瞬間のセレブレイト感も若干あって。とにかくいろんな感情が同時にドーッ!って、この一点に向けて、ドーン!って爆発するようになっている。間違いなく本作の白眉の、ここはもう名シーンだと思いますね。いろんな積み重ねが一点に向けてドーン!ってなって。「なんかわかんないけど……怖いし、でも気持ちいい~っ!」っていう(笑)。さっきの「おしっこを我慢していたのを漏らしちゃった」っていう(笑)。

 

■本質は古典的な「アメリカ開拓家族物語」の語り直し

ちなみに、「音を立てたら即死」スリラーといえば、近年、『ドント・ブリーズ』っていうのがありましたよね。僕は非常に評価していますけども、『ドント・ブリーズ』。あちらのキモは、後半からのちょっとしたツイスト……話のシフトが変わりますよね。それまでは音を立てちゃいけないサスペンス・スリラーだったのが、あるポイントから本格的サイコホラーになっていく、っていうかね。これ、まだ(自分の評の)書き起こしが残ってますので、ぜひそちらを読んでいただきたいんですけども。それに対してこの『クワイエット・プレイス』の本質というか、大きな魅力は、さっきからちょいちょい言っているように、家族の物語の部分というか……それも一種、ちょっと西部劇的と言ってもいいような、開拓家族物、フロンティア物。そういうのが味わいの大きな部分としてあるわけです。

それこそ、『大草原の小さな家』とか、あとは『アドベンチャー・ファミリー』とか、そういうジャンル物を思い浮かべていただきたいんですけども。一面のトウモロコシ畑と、穀物を入れるサイロっていう、非常にそういう……で、このサイロがまたさ、クライマックスのアクションの舞台になるあたり、ちょっと『刑事ジョン・ブック/目撃者』を思い出したりもしましたけども。まあとにかく、トウモロコシ畑と穀物を入れるサイロがあって。その大自然の中でどう暮らしを築いていくべきかっていう知恵を、息子に継承していく父、っていう絵面があって。

まあ、ちなみにここはツッコミどころでもあるんだけど、あの家、一応電気も水道もどこかからか知らないけども通っているっていうね。それはどうなっているんだ? みたいなのはありますけども。まあ、とにかくそういう感じで、質素に地道にその土地を耕して開拓して暮らしている農家のところに、西部劇的に言えば「無法者たち」の魔の手、群れが襲ってくる、っていうね。で、自ら銃を取ったその家族は、彼らを撃退できるのか? そして子供を守れるのか? そういう話なわけですよ。

だから西部劇的であり、開拓家族物でもある。そういう一種アメリカの、そしてアメリカ映画の原風景的なムードも、実は全編に漂わせている、というあたりがこの『クワイエット・プレイス』の独特の味でもある、っていうね。要は、特殊な設定によって現代に開拓家族物を改めて成立させようとした、っていう順番にも思えるくらいですね。美術とか撮影とかも、そういうクラシカルな、古典的なアメリカ感っていうのを強く意識させるような感じになってる、ということですね。

 

■「家族」をテーマにしたジョン・クラシンスキー監督はなんとホラー初挑戦

で、実際にその、ブライアン・ウッズさんとスコット・ベックさんっていう方の脚本の草稿を書き直し、自ら主演・監督を務めたジョン・クラシンスキーさん。エミリー・ブラントとは夫婦であるわけですけど。先ほどのメールにもあった通り、元々は『The Office』でブレイクして……っていう、どっちかと言えばコメディーの印象が強い方ですよね。ボケッとした二枚目感というかね、ありますけど。で、まあ最近ね、いろいろと芸風は広げたりしていますけども、監督業への進出第一作目。僕ね、これはちょっと予告編しか見られてないんだけど、デヴィッド・フォスター・ウォレス原作の『Brief Interviews with Hideous Men』という、要はキモい男たちのインタビュー、というか。

これはまあ、その男たちのしょうもない性的妄想っていうのを暴き立てるような、ダークセックスコメディーっていう感じみたいですけども。で、特にその次、第二作目の『最高の家族の見つけかた』(2016年)。これは僕、このタイミングで見ましたけども、ちょっとアレクサンダー・ペイン風のちょい苦ホームドラマ、みたいな感じで。で、自身が演じる主人公が、アナ・ケンドリック演じるパートナーの妊娠・出産を機に、あるいは母親の大病を機に、「そして父になる」「そして大人になる」っていう話で。

要はその、作品のジャンル、トーンは違えど、「家族」というメインテーマ、そして家族っていう存在に改めて向かい合うことで大人になる、父になる男、というモチーフ。そこがやっぱりジョン・クラシンスキーさんのコアとして、完全に今回の『クワイエット・プレイス』にも通じるな、というあたりであったりして。ただ、そのジョン・クラシンスキーさん、悔しいことに……才人っていうのはすごいですね。いままで、ホラーには興味がない、なんなら嫌いだった、って言っているような人が、この脚本を手にして、自分で監督することになって、いろいろと過去のホラー映画の演出術を研究したからって、いきなりここまでタイトでソリッドなものを作れちゃうって、これがまた悔しいですよね。

 

■人が入っている今こそ劇場で体感すべし!

子役2人もすごく良かったですね。さっき言ったミリセント・シモンズさんもよかったけど、ノア・ジュプくんという方。この方は、『ワンダー 君は太陽』で、主人公の親友になるあの男の子。あの怯えた表情とかも、非常に「怖い!」という表現としてすごくできていましたしね。もちろん、いろいろとね、ツッコミどころはあります。特に襲ってくる「何か」に対しては、ツッコミはもちろんいっぱいありますよ。あんなに露骨に音「だけ」に反応するやつらだったら、対処はできますでしょう。人間ね。あと、その「何か」側の立場に立つと、ちょっとかわいそう、っていうね(笑)。

あの「何か」がもともといた場所は、多分、光がない空間で。それでいきなりドーン!って来て、「おい、なんだ、うっせーな! おい、なんだ、ここ!」みたいな(笑)。彼らの立場に立つとすごいかわいそう、みたいな見方もできる。ただそういう、見終わった者同士でツッコミあう、みたいなのもこういうジャンルの楽しみでもありますからね。とにかくいま、先ほどから言っているように、非常にホットな空気がある、人が入っている劇場の中で、一緒に息を詰めて、「はー! おしっこ漏らしてもうたー!!」っていうあの感じ(笑)、味わうのがおすすめでございます。ぜひ、劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『クレイジー・リッチ!』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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