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ハンセン病回復者の石山春平さんが、これまでの人生を振り返った本を出版▼人権TODAY(2018年11月17日放送分)

人権TODAY

毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

今回のテーマは・・・ハンセン病回復者の石山春平さんが、これまでの人生を振り返った本を出版

 

担当:TBSラジオ記者 崎山敏也

崎山記者が紹介したのは「ボンちゃんは82歳、元気だよ! あるハンセン病回復者の物語り」。(社会評論社)川崎市在住の石山春平さんの、いわば「一代記」です。石山さんが「ボンちゃん」と呼ばれていたのは、静岡県のハンセン病療養所「神山復生病院」にいた時のこと。病気は治り、その後、1968年、32歳で、退所しました。ただ故郷には戻れず、長年、主に川崎市内で暮らしています。療養所の看護師だった妻の絹子さんと一緒になり、3人の子供がいます。

石山春平さんの「一代記」

この本の出版記念会が11月11日(日)に開かれました。最初のほうで、本の構成、編集を担当した社会評論社の本間一弥さんが「書かれていることは、人との出会い、とか、冷たい視線を受けてきたけれども、それ以上に温かい、助けてくれる、救いの言葉をより受けてきた、ということです。この本は、ハンセンを語りながら、人生を語っていますし、人生において、やはり人がいる、ということです」と話しました。

出版記念会は横浜市内で開かれました

石山さんはハンセン病の後遺症で手足に障害があり、障害者手帳を持っていますが、ガイドヘルパーとして働き、運転免許も取り、障害者割引やバリアフリーを実現させる運動にも関わりました。ハンセン病だったことを自分から話すようになったのは国を相手取った訴訟で勝利してからのことで、それ以来、社会活動として、川崎、横浜などの地域や、各地の小中学校から高校や大学、自治体や会社の人権研修などで、自分の体験を語ってきました。私もこれまで、講演や、直接話を聞いたりしましてきましたが、小学6年で発病、学校からは追い出され、自宅の納屋に4年間隠れて暮らし、16歳で療養所に入った石山さんは、苦労という言葉では言い尽くせないであろう人生を笑いを必ず織り交ぜながら語り、その語り口や人柄に誰もがひきつけられてしまいます。

出版記念会にも、普段から石山さんの活動に協力し、本の出版を進めた、横浜の「じんけんネットゆい」の根本信一さんほかメンバーをはじめ、障害者や部落などの差別問題に取り組む人(狭山事件で再審請求をしている石川一雄さんも夫妻で出席)、行政の人権啓発担当者、授業で話を聞いて、石山さんをモデルに劇を上演した横浜市金沢区の瀬ヶ崎小学校の先生たち、石山さんの親族の方たち、ほんとに様々な人が集まりました。

石山さんの親族の方たちも各地から駆けつけてお祝い

また、本の推薦文「知らないことの罪や他者を気遣うことの大切さを教えてくれる」という文章を寄せたのは、先日亡くなった女優の樹木希林さん。ハンセン病を描いた映画で主演した縁で、石山さんと対談したことがあり、今年8月下旬、入院中にも関わらず、依頼に応えてくれたそうです。

会も最後のほうとなり、あいさつに立った妻の石山絹子さんは「石山春平の一代記というのが本になって、この本に何人の方が関わってくださったんだろうと思うだけでも、胸がほんとにいっぱいになりました。私はよく、どうして一緒になったのって聞かれるんですけど、それはまた、ほかの機会にして。(笑)今は、とても幸せです」と話しました。

一方、石山さんは2年前に心筋梗塞になりましたが、手術を受けて成功し、今はすっかり元気です。「これからが俺のほんとの人生だなと思ったんです。残された人生は私一人のものじゃないと。ちょっと大げさですけれど、少しでも我々の仲間のためにまだまだ社会の偏見、差別の壁は目に見えないけどあります。我々の仲間も、ほとんど治っているにも関わらず、療養所から退所できない。長い歴史がそういう厚い壁を作ってしまったということは、全くまぎれもない事実ですけどね」話し、100歳まで生きる!と宣言しました。

療養所の課題もありますし、療養所を出て、社会で暮らす退所者は皆さん高齢ですが、ハンセン病に対する差別や偏見を恐れて医療や福祉サービスを受けることをためらい、後遺症や病気を悪化させるケースも多いんです。石山さんは東日本の退所者で作る「あおばの会」の会長としてそうした課題にも取り組んでいます。

そしてあいさつの最後では、絹子さんのことにも触れ、「隣の妻が、小さい身体ですけど、太い心棒で支えてくれた。50年になりますけれど、幾多の争いはありますけれど、そういう時はいつも、私は白旗すぐにあげるんですよね。奥さんと喧嘩に勝った旦那って世の中にいないからね」と笑わせてから、「こうして、ここに二人で立たせていただいて、身に余る光栄ですけれど、これからも微力ながら、少しでも人権の何たるかを広めて、お役に立てれば、いいなあと思っています」と話しました。

「ボンちゃんは82歳、元気だよ! あるハンセン病回復者の物語り」(社会評論社)。本にはもちろん、石山さんがなぜ「ボンちゃん」と呼ばれるようになったかも書いてあります。(http://shahyo.sakura.ne.jp/wp/ 社会評論社最新情報のブログ)

石山春平さんと崎山記者 2015年のハンセン病市民学会で