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箱根駅伝4連覇の秘密は「文武両道」~青山学院大学 原晋監督

コシノジュンコ MASACA

2018年12月2日(日)放送

原晋(はら・すすむ)さん(part 1)
1967年生まれ、広島県三原市出身。中国電力で競技者とサラリーマンを経て、2004年に青山学院大学体育会陸上競技部の長距離ブロック監督に就任。2015年に箱根駅伝で初優勝、以来4年連続総合優勝しています。先月14日に行われた全日本大学駅伝でも2度目の優勝を果たしました。

JK:優勝おめでとうございます! 私、TVでずーっと一生懸命4時間?5時間?もう目が離せないですよ。

原晋:今回の駅伝はねぇ、見ている方も面白かったんじゃないかな。

JK:最初から1位っていうと安心しちゃうけど、3位から来てるから・・・どうして?どうして?って言いながら。目が離せなかったです。逆に気になりましたね。

原晋:監督のほうは胃がキリキリしてましたけどね(^^;)早く7区のエースにタスキがいかないかなぁ、って。彼ならどうにかしてくれると思いました。7区の森田、8区の梶田の4年生コンビですね。

JK:でも、その作戦がうまく行きましたね。作戦通りでしたか?

原晋:そうですね、当初7区の森田を前のほうの区画に持ってきたかったんですけれど、林の状態も良かったですし、森田も状態があがっていたので、7区でも十分対応できるかなと。

JK:1区2区あたりは調整しているわけですか?どうして3位なのかなーと。

原晋:いえいえいえ!筋書きがないドラマですから。駅伝は。最近ではみなさんも、青山学院大学は1区から10区まで必ずトップを走るもんだと思ってくださって・・・僕は箱根駅伝が今年で15年目のチャレンジになるんですが、就任した当初は「出るだけでいいよ」って言われてたんです。でも今は、優勝しかないようなところがありますね(笑)

JK:プレッシャーって大きいけれど、それはそれで大切よね。

原晋:やっぱりレースを楽しむこと。ですから僕は今、レースを楽しんでます。

JK:TVで実際に見るのと、生で見るのとは違うと思うんですよ。TVだとシード権争いとかも見られる。東海大とか余裕なんですけど、後ろの東洋大学とか早稲田とか明治とか・・・どうして?っていうくらい、出たり入ったり、出たり入ったり・・・シード権って必死ですよね!

原晋:当然みなさん優勝目指して頑張っていますけれど、次に重要なのがシード争いですからね。シード権を取らないと、予選会に回るんです。今回の全日本大学駅伝っていうのは、予選会が6月の一番蒸し暑い時期に1万mの競技会で勝ち上がらなきゃいけない・・・蒸し暑い時期の1万mは何がおこるか分からないのでね。

JK:シード権を取った人は、予選会には出なくていいんですか?

原晋:はい、予選会は免除されて、来年度の11月第1日曜日まで準備することができる。わりと楽になりますよね。

JK:なるほど。そのためにも、あのシード権は大切なことなんですね。実際見に行きたいなーと思うんですけど、一瞬ですよね?!監督は区間区間を車で走るわけでしょう?

原晋:箱根駅伝の場合は、選手の後ろに1校1台、観察車がつくんですけれど、全日本大学駅伝は3台に監督が別れて乗車するんです。松竹梅、上中下、というか。上位チームの8大学の監督が先頭の車に乗って・・・

出水:うわぁ~、同じ車ですかあ?!(@w@)

原晋:そう、バチバチやってます(^^)

JK:それでパッと降りて、何か言ってますよね? 何を言ってるんですか?

原晋:前とのタイム差とか・・・7区のタイミングだったかな、ちょうど東海大学さんと並走していたんですけど、後ろの東洋大学さんのタイム差を伝えたんです。後ろとのタイミングは2分●秒差だーって。そしたら解説者の方も、先頭集団じゃなくて後ろの東洋大学を意識してるんだ、と意外に思ったようです。

JK:結構聞こえてるんですね。一瞬だから、長い話はできないしね(^^)その後また前にばーっと行って、待ってるわけですね?

原晋:1区間1か所バスから降りて、選手に声をかける。これが全日本大学駅伝の特徴ですね。その前の出雲駅伝では声をかけるタイミングはなくて、監督室でモニターを観ながら応援するという状況です。

出水:タイムだけなんですか?その時の状況に合わせて、選手にねぎらいの言葉をかけるとか・・・

原晋:野球とかサッカーの監督と、駅伝や長距離の監督はちょっと違いまして、ゲーム中にそれほど戦術を伝えることはないんです。

JK:そうですよね、今さら変えられないものね(笑)

出水:じゃあ逆に、監督は伝えられない分、心の中でもどかしいことになりますね。

原晋:監督の仕事っていうのは、スタートラインに立たせるまでが仕事。スタートラインに立ったら、自らの意思で走っていくのが駅伝だと思います。

JK:まさにそうですね。精神状態とか健康状態が一番大きいんじゃないですか?

原晋:そう、だから僕は、管理監督するというよりも、観察してるっていう感じ。学生たちの日ごろの生活ぶり、練習態度を見るっていう感じですね。

出水:4年前に走っていた選手は卒業してしまいますし、選手の入れ替えも激しいですが、強いチームを作って結果を出し続けるコツはあるんですか?

原晋:僕は哲学の共有だと思ってるんです。陸上競技、長距離ブロックとしてのチームの在り方、それを伝え続けていくことが大事だと思っています。それがチームの伝統になってくるんだと思うんですよね。

JK:でも普段のお勉強もありますよね。両立しないとね。お勉強が全然ダメで、駅伝ばっかり、っていうのはどうなんでしょう?

原晋:まぁこの辺は、高校生をスカウトしてスポーツ推薦制度で入ってもらうんですけど、勉強をちゃんとやる子を面接のときに募集をかけてるんです。青山学院では、走って箱根駅伝で優勝すればいいや、っていうのは通用しないんだというのを伝えているんです。

JK:勉強よりも練習のほうが厳しそう、それも合宿所は青学の中じゃないでしょ?いつもそこで寝泊まりしてるの?

原晋:はい、町田で。私自身も、町田の学生寮で生徒たちと寝泊りしています。

出水:そこでどのような哲学を教えてらっしゃるんですか?

原晋:まず社会があって、それから陸上があるんだってことを伝えているんです。社会の一構成員として我々は存在しているのであって、いくら箱根駅伝がメジャー化してスター選手扱いされたところで、しょせん私たちは社会の構成員、君たちは学生の1人なんだよって。だから、学生の本分は勉強でしょ、じゃあ学校にも行かなきゃいけないよね、ってことは常日頃伝えています。

JK:4年生は卒業しちゃうから、次はないわよね? 4年生が全部チームだったら、ごっそりいなくなっちゃうでしょう?

原晋:不思議なものでね、我が青山学院はゴールデン比率が成り立っていまして・・・勝手に私がネーミングしたんですけど(笑)箱根駅伝では、4年生×4・3年生×3・2年生×2・1年×1のメンバー構成で、順次ところてん方式でどんどん変えていくんです。

JK:ほーぅ!それって最初から?

原晋:いえ、これは優勝したころから比率がそうなりつつあります。まだチームが弱いときは、常に新人のほうが記録がいい選手が入ってきていましたので、1年生からレギュラーになれるケースが結構あったんですが、ここ最近はピラミッドが確立されてきたので、1年生のときは基礎練習で耐え忍ぶ。で、2~3年生からレギュラーになるという傾向になってきました。

JK:それを聞いてほっとした(笑)4年生がごっそりいなくなって、来年はどうするのかなと思って。毎年優勝しなくちゃいけない立場になってしまったから大変ですね。

原晋:それと私も昨年、早稲田大学の平田研究室の一員となりまして、論文をで証明出来ました。研究室の平田先生がえっらい厳しい方なんですよ!愛情のある厳しさですけどね。でも、メソッドが文章化されたので、私の頭脳と選手の頭脳が対になってきたというところでしょうか。

JK:でもいい出会いでしたね、平田先生と。

原晋:そうですね、スポーツ最前線というか、ビジネスとの融合とか。

JK:そう、スポーツビジネスとして始まったのよね。選手も修行して、スポーツ界のビジネスに就く方が多いんですか?

原晋:一般就職が2/3。僕がよく「お金はウソをつかないから銀行員になれ!」って言っているからかもしれないですけれど(笑)いわゆる実業団でランナーとして続ける学生は1/3ぐらいです。

JK:就職しても、そこに陸上部があればまた活躍するじゃない?

原晋:そうなってほしいですよね。社会の構成員の1人として勉強も陸上もやってきたわけですから。今度は裏方として、その会社の陸上競技だけでなく陸上以外の競技、社会人野球とか、そういうスポーツビジネスに携わってくれたら私としては嬉しいです。

JK:文武両道じゃないけど、仕事とスポーツが両立すると人生成功するとと思うんです。スポーツやってると、精神力とか体力とかいろいろつくでしょ。

原晋:今までの日本のスポーツ組織は、その競技の中で勝ち上がった人がそのまま幹部に残るケースが多かったんですが、金太郎飴というか固定概念というか、新しい発想が生まれてこないんですよね。さまざまな分野から入って行くという組織が、これからのスポーツ界を広くしていくんじゃないかな、と。

JK:スポーツでも音楽でもなんでも、子供のころからずーっとそれを一途にやってきて、ポンッとスポーツから卒業した時、世間知らずというかな・・・だからやっぱり、スポーツと教育、両方必要じゃないかなあって。

原晋:私自身が実業団で走ってて、引退してぱっと会社に出されたときに、何も陸上から得るものがなかったんです。今こうやってラジオでしゃべってますけど、こんな男じゃなかったんです。まったくしゃべれなかったですよ。

出水:原監督には、何か変わるきっかけがあったんですか?

原晋:サラリーマン生活を10年間させてもらって、営業先に行っても、何もしゃべれないし何もできない。なんなんだ僕は、って思ったんですよ。人を喜ばすことはできない。これでは生きていかれないなと思って、いちから勉強させてもらいました。いい上司に恵まれたと言うのもあると思います。

=OA楽曲=
M1. SOMEBODY TO LOVE / QUEEN