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ヤンチャな青年が大学教授に?!~青山学院大学 原晋監督

コシノジュンコ MASACA

2018年12月9日(日)放送

原晋(はら・すすむ)さん(part 2)
1967年生まれ、広島県三原市出身。中国電力で競技者とサラリーマンを経て、2004年に青山学院大学体育会陸上競技部の長距離ブロック監督に就任。2015年に箱根駅伝で初優勝、以来4年連続総合優勝しています。先月14日に行われた全日本大学駅伝でも2度目の優勝を果たしました。

出水:そもそも、小さいころのお話をお聞きしたいんですが?

原晋:僕がなんで陸上を始めたのかと言うと、小学校1年生に入学する直前に、実家の近くが膿なんですけど、海岸で遊んでてブロックごと落ちまして、20針(^^;)入学式は松葉杖をついて行ったんです。ふつう小学校1年生って「座ってなさい」といってもソワソワしてるじゃないですか。だけど強制的にギブスをはめられて、身動き取れなった。それが取れた瞬間に、走ることに対する目覚めというか、飛んだり跳ねたりする歓びを自然に学んだんですね。そこからかな?

JK:あーなるほど!逆にね! ガマンしてたから、走りたくてしょうがなかったのね。

出水:小学生からどのぐらいで陸上でいけるかも、と思ったんですか?

原晋:振り返ってみますと、小学校4年生のころ。各地でマラソン大会ってあるじゃないすか。新聞に申し込みの記事が載っていると、「出たい」と言って自ら父にお願いしてたんです。友達なんかも誘いながら、各地のマラソン大会に行ってました。

出水:その後中京大学に進学されますが・・・言葉を選ばずに言うなら、あまり選手としては・・・けっこうハメも外したとか?

原晋:(^^;)それには理由がありまして、陸上の名門の瀬谷高校の出身だったんですが、ものすごく厳しくて、陸上がいやになってたんです。それともう一つは、私が大学に入学したころは箱根駅伝はまだTV中継していなかったので、そもそもあまり興味がなかった。父親が教員をやっていたので、体育の教師にでもなれればいいや、という軽い気持ちで入学したんですね。

出水:想像できませんが、パチンコに行ったりとか・・・デートばっかりしていたりとか・・・?

原晋:やってた!本当にヤンチャだったなぁ。でも僕はね、同じパチンコでもただ座ってやってるんじゃなくて、どうやったらフィーバーが出るかデータを取って必勝法を編み出しました!! ただボケーッと打つだけじゃないです! どうしたら777がでるか研究してました。

JK:何でもチャレンジするってすごいわね(笑)遊びのなかから自分を見出す(^^;)

原晋:一通りのことはしてましたから、いまも学生がヤンチャしたいな、というのが嗅覚でわかるんです。だから先に釘を打てる!「そろそろお前テンション下がってるぞ」とかね(笑)「そろそろ上げないと間に合わんぞ」とか、なんとなくわかるんです。

JK:だけど、学生たちには遊びも重要じゃない?

原晋:やっぱり教科書だけでは人間性は養われませんよ。Face to faceで時には口争いもしながら、議論をぶつけながら、いろんな意見や考え方を討論しながら人間形成していくのが学生時代じゃないですかね。

JK:一つのことを目指すだけじゃなく、他の競技もわりにできるひとって機転がきく?

原晋:好奇心を持たせることですね。最近では全体ミーティングでも、「お前たち、Eスポーツをどう思う?」っていう問いかけをして、考えさせる傾向になっているんです。

JK:こういうトークも必要ですね。もくもくと黙って走ってるばかりじゃなく。

原晋:そうですね。話をすることは、自分の頭脳が立ち上がって、整理されてきて、自分の言葉で言うことで責任が出てきて、だんだん考える志向になっていくと思うんです。

出水:原監督は大学卒業後、中国電力でも競技者を続けられましたが、その後セールスマンになって、さらにそこから監督へ。

原晋:実は年号がタイミングよくて、大学卒業して社会人元年が「平成元年」なんです。カウントしやすい。15年間中国電力にいて、15年間が青山大学。じゃあ、果たして次の15年間はどんな人生が待っているでしょう?! リスナーの皆さん、3つの選択肢の中からお答えください!なんちゃって(^^)

JK:これからの15年間は、教授として、教育者として人間を育てる、というのは?そういう役目じゃないですか?もう1歩引いて、大きく陸上界として。

原晋:・・・ピンポーン!

出水:来年の4月から青山大学地球学部の教授に就任されるということですね。原教授!

JK:優勝して、学長がその後の打ち上げかなんかで、突然発表されたわけでしょ?

原晋:あんなところで発表されるとは思いませんでしたけど(^^;)ありがたいお話です。人生、一生懸命やってれば誰かが見ていてくれるんだな、と。これまでの人生もそうでしたけれどね。最近の若者は、全員に好かれなければいけないとか、自分がどう見られているかを気にし過ぎて、自分の主義主張を言わない若者が増えてきた。私としては、3割できればそれでいいじゃないかという考えで生きてきているんです。「原監督三割理論」(笑)なんてテキトーなこと言ってますけど。ただ、大学の教員になりますとこれからは自分の言動に注意していかなくちゃいけないなと思います(^^)

JK:いままでの人生を振り返って、マサカっていうのは?

原晋:マサカの連続ですからねぇ~。まさか青山大学の監督になるとは思ってもみませんでしたし、その前も、まさか5年で中国電力の陸上部をクビになると思いませんでしたし。まさか営業でトップになるとも思いませんでしたし・・・。

出水:近くでご覧になっていたご家族も、マサカですよね?奥様は本も出していらっしゃるんですよね。奥様はどんな方ですか?

原晋:いやぁ、監督の監督ですよね(^^;)私の道徳観を作ってくれた方です。あえて敬語で言いますけど(笑)

JK:でも「二人三脚」って言いますもんね?そうやって支えてくれる人がいるから、ノビノビとできる。「すごくワガママだから、それを支えてる」っていうようなことが書いてありました。

原晋:いつも言われるんですけど、婚姻状態じゃなくて普通のカップルだったら、すぐ別れてますよ、って。

出水:えええ~っ?! そうなんですかー??

JK:結婚してからも、そんなにヤンチャだったんですか?(笑)

原晋:まぁ、男として一通りのことはしましたからね(苦笑)

JK:でも、お話を聞いてきた通り素敵な監督だから、支え甲斐があるんじゃないですか?ますますこれから重要ですよ。

出水:奥様には、今度教授をするっていうことは毎回どのような声をかけてもらっているんですか?

原晋:人生はまさかの連続ね、ってよく言われますね。あなたが教授なの?教壇になるの?って。これ、本当に涙が出てくるんですよ。中国電力をクビになった男、大卒100名の中でもビリでしたからね。それがこうして教授という立場を得られて・・・

JK:ある意味、その悔しさがテコになっているんじゃない?

原晋:それはありますね。私の中にどこか反骨精神があるから、人生負けたくないって心にありますね。

出水:こんな教授になりたいというビジョンはありますか?

原晋:学問を学問で終わらせたくないんです。学問として学んだことが、社会である程度通じるようにする学問を教えていきたいと思っています。「地球社会共生学部」といって、アジアの文化をどう教養していくかという内容なんですけれど。地球市民になろう、自分たちは地球に属しているんだよ、という考え方だと思うんです。

JK:スポーツに関係すること?

原晋:私はスポーツ最前線の分野で、日本のスポーツビジネスとアジアのスポーツビジネスがどうドッキングするか、ということを教える。他国を知る、ということは、日本文化を知らなければアジア経済にもっていくことはできないわけですから。我々が今までやってきた箱根駅伝のビジネスをどう世界で展開していくか、という話です。

出水:教授をやりながら、監督としても結果を出すというのは非常にお忙しい日々が待っていますね!

原晋:でも、主軸は駅伝監督ですから! まずはお正月の箱根駅伝、頑張ります!

JK:期待してます!!

=OA楽曲=
M1. 世界の国からこんにちは / 三波春夫

M2. We Are The Champions / QUEEN