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明日をも知れぬ今日を生きる~国際交流基金 安藤裕康理事長

コシノジュンコ MASACA

2019年1月6日(日)放送

安藤裕康さん(part 2)
1944年生まれ、神奈川県出身。東京大学文学部卒業後、外務省に入省。ニューヨーク総領事、イタリア大使などを歴任。2013年に独立行政法人国際交流基金の理事長に就任されました。


出水:安藤さんはお生まれが箱根で、ご実家は旅館だったんですね。

JK:観光地のど真ん中(笑)子供のころどんな生活してたのかしら? 今もあるんですか?

安藤:いや、いまはもうないです。僕が長男なんですけれど、東京に来ちゃったんで。

出水:旅館ということで、幼少期から外国の方との交流もあったんですか?

安藤:そうですね。箱根湯本ですから。僕のころは、在日米軍の人たちが遊びに来てました。電車の中でよく会いましたよ。高校に行ってからは小田原高校に電車で通ってましたから、米軍の人たちがたくさん乗ってくるんで、英語の勉強だと思って僕のほうから話しかけて。どこから来た?とかくだらないことですけどね(^^;)

JK:積極的!でもその好奇心がすごいですね。

安藤:だって、昔は日本で英語教育は、ロクに話もできない文法だけの教育ですから、今でこそみんなキチッとした英語の先生がいるけど。

JK:大阪万博がそうなんですって。初めて外国人に会って。綾戸智恵さんなんかは、そこでジャズを始めたんだそうですよ。

安藤:そうですよね。アメリカの影響ってありますよね。

出水:東京にいらっしゃってからは、東京大学で演劇のサークルに入っていらっしゃったそうですね。

安藤:小学校の頃の先生が、文学とか演劇とかに興味があって、地元の青年団を集めて芝居なんかを演出してたんです。僕らは出してもらえないんだけど。後ろのほうで見てて、ああいいな~、若い男女が楽しそうにやってるのが大人の世界みたいで、自分もいつかやってみたいなと思ってたんです。

JK:小学校って影響されますからね。いい先生に出会いましたね。いい人生ですよね。

安藤:そうなんです。僕もその先生とはずーっと付き合っていて、この間おなくなりになったんですが、今でもお墓詣りに言ってますよ。その先生のおかげです。

JK:高校生のころはよく映画に行ってたんですか?

安藤:高校時代は勉強!中学高校はガリ勉! 初めて映画にいったのは小学生のころ、それからポーンと飛んで、大学生になってから。中学高校は勉強し過ぎて、いまでいうところの鬱ですかね?1年目は東大に落っこっちゃて。浪人して翌年入りましたけど。し過ぎるのも考え物です。

出水:その後外交官の道に進むわけですが、きっかけは?

安藤:まぁね、学生のときに芝居をやり過ぎて、親に叱られて(笑)たまたまアメリカに留学する機会があって、そこで世界に目が開かれて。国際社会で活躍してみたいな、という気になって外務省に入りました。

JK:今ではモロ、国際交流基金ですもんね(笑)

安藤:外交官試験を受けたんですが、それが大変でしたね。法律だとか歴史だとか・・・その時は部屋に閉じこもって、1日14時間勉強しました! 食事と睡眠以外はずっと勉強してましたよ。

出水:エエエ~(@w@)

JK:それはすごいわ・・・じゃあ、大使になられる方はみんなそれを通過したのね。国際交流基金になっても、そういう試験はあるの?

安藤:いまは一種試験といって、国家試験のなかで統一してやって、その中から外務省に選ばれるんですけど、90年代までは別途、そういう外交官試験があったんですよ。

出水:その後、アメリカやイタリアなど大使を歴任されていますが、その地域に行くっていうのは誰が決めるんですか?

安藤:そりゃ外務省が決めるんですよ。自分が手を挙げるんじゃないです。一応希望は言いますけど、その通りにはならないですよ。

JK:でもニューヨーク総領事なんて! 演劇でも文化でも中心のところだから。

安藤:それは嬉しかったですね(^^)ロンドンにいたこともあるんです。ロンドンでも芝居を見られたから。イタリアでは、コシノさんとローマ映画祭で一緒にレッドカーペットを歩いたんですよね。

JK:レッドカーペット歩けなかったんですよ!突然暴動かなにかがあって。文化の予算が通らないとか・・・でも、その後のレセプションは上手くいきましたよね。

JK:安藤さん、自分の人生でマサカ!っていうのは何か記憶は?

安藤:僕、学生時代に演劇をやってたんです。演劇って不良仲間ばっかりでね。飲んだくれてばっかりで、授業なんか出させてくれないんです。ある時に原宿かなんかで飲んでたら、隣にいた大人がなんと、南海ホークスの鶴岡監だったんです。「なんだお前らは、若いのに酒ばっか飲んで!お前らみたいなやつらがいるから日本はダメになるんだ!」って言われてね。それだからってわけじゃないけど、もうちょっと日本のためになる人間にならなきゃと思って。それで当時サンケイスカラシップっていうのがあって、全部丸抱えでアメリカに1年間留学させてくれて、旅費から1年間の滞在費から全部出してくれるのがあってね、それに応募したんです。まさかそれに通るとは思わなくて。倍率が何千倍だったんですよ!宝くじみたいなもの。それが受かっちゃって。これが最大のマサカですね。アメリカに行ったことで人生が変わったと思ってるんでね。

JK:でも、そもそも鶴岡監督のひとことが大きいですよね!

安藤:あははは(笑)その時はアメリカのクリーヴランドに行きました。当時は羽田ですよね。途中ハワイによって、そしてサンフランシスコで乗り換えて、それからクリーヴランド。

出水:アメリカでの一番の思い出はどんなことでしょう?

安藤:やっぱり勉強したことです(笑)

JK:勉強って、やっぱり英語?

安藤:いやぁ、英語は僕ずいぶん得意なはずだったんですけどねぇ。行ったら先生の言っていることが全くわからないんですよ!ものすごい数の宿題を出されて、もう朝から晩まで図書館ですよ。

出水:安藤さんの人生を聴いていると、「応募」というものにご縁があるようですね(^^)国際交流基金の理事長も、応募だそうですね?

安藤:そうなんです。外務省を退職して、国際交流基金の理事長が公募されていたので、それに応募しました。

JK:イタリア勤務が終わって、それからね。でも、再任もまた試験を受けるわけですか?

安藤:そう。僕、2回、3回も公募を受けたんです。

出水:お忙しい日々だと思いますが、最近映画とかはごらんになっていますか?

JK:私、最近ね、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディー』見ました?

安藤:あれね!見ました!いいですよね、あれ。

JK:私ね、昔フレディーに会ってるんです。2回。

安藤:えーっ!やっぱり似てますか?顔もすごいし、声もね。僕が聴いた話では、フレディさんの声をメインにして、第3者の声も入れて、それから俳優さんの声も入れて、まさにフレディ本人が歌っているようにしたって。まさにテクノロジーがすごいですよ。

JK:もう錯覚で、どっちがどっちか分からなくなる。最後なんかほとんど一緒。あと歌の翻訳が良くてね。

安藤:フレディさんの人生と重ね合わせるから、余計にね。

JK:私、毎年花火のデザインをするんですけど、今度は「バルセロナ」の曲でやるんですよ。バルセロナで歌いたかったんだけど、91年で亡くなってしまっ
てね。そういうことを想うとジーンときちゃって・・・しかも会ってるし。私、すごくカッコいいシャツをあげたんですよ!それを着てねって言ったら、1年もしないうちに亡くなっちゃった。

安藤:それと、バイセクシャルって言うことに対する当時は偏見があった。いまはそれがなくなりつつあるので、それが観客の胸を打つんじゃないでしょうかね。

JK:いまは堂々と結婚式してますからね。

出水:安藤さん、今日は2019年の漢字一文字を書いていただきたいんですが?

安藤:日本の「日」。やっぱり、僕は日本文化を世界に発信していく、日本のために働きたい!オリンピックにむけて、日が昇るように輝いてほしい!という思いを込めて。そして僕自身も日日精進していきたい。

JK:そうね、今日1日1日が大切ですよね。明後日じゃなくて、今日1日。

安藤:そうですよね。明日をも知れぬ今日を生きる!

=OA楽曲=
M1. Barcelona / Freddie Mercury, Montserrat Caballé

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。