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「おだまり!」美川、今日はジュンコとしゃべりまくり!~美川憲一さん

コシノジュンコ MASACA

2019年1月13日(日)放送

美川憲一さん(part 1)
1946年、長野県生まれ。芸能界を目指し、高校を1年で中退して東宝芸能学校に入学。古賀政男の指導を受け、1965年に「だけどだけどだけど」で歌手デビュー。1966年の「柳ヶ瀬ブルース」は120万枚を売り上げるヒット曲となり、同局の映画かではスクリーンデビューを果たしました。

JK:まぁ~うれしいわ! こんばんは。

美川:こんばんは(^^)

出水:お二人はお付き合いが長いんですよね?

JK:21歳ぐらい?19ぐらい? 若かったわね。キレイだったのよ~! 覚えてるかな、青学の向かいに都営住宅があって、そこの3階だか4階に美川が住んでたと思った部屋があったんだけど。あれは誰の家だったの?

美川:木村茂じゃない?ファッションの演出やってた。茂の紹介だと思うけど?

JK:そうよ、茂に呼ばれて行って、そこで会ったんだもの。それで新宿二丁目のナジャっていうパブがあって、そこにみんなジャラジャラ集まったのよね。文化人とか建築家とかカメラマンとか・・・。

美川:歌手はあんまりいなかったけど、私はいたのよ。マセてたから(笑)

JK:私も、あそこで黒川紀章さんと知り合って一緒に万博やったりとかね。結構あそこで知り合った人は多いのよ。やる気がある、才能のある人がどういうわけか集まってね。

美川:今の二丁目とは全然違うのよ。あのころは荒されてなかったもんね。トンがってて、これからどんどん頑張っていくみたいな。私は17ぐらいのときからウロウロしてたけど(笑)

出水:お互いの印象って覚えていらっしゃいます?

美川:私はかわいかった(笑)それで、ジュンコさんは強烈だった!

出水:あははは!

JK:自分でいうかねぇ!

美川:私は今こそ妖怪みたいじゃない? だけど、ジュンコさんはあのころから妖怪みたいだった(笑)私はケン坊、ケン坊って呼ばれてて、ジュンコ、ジュンコ、って呼んでた。あの頃はちょうどデザイナーになりかけた頃じゃない?

JK:なりかけ・・・まあそうね。20代だからね。一番楽しい時代、文化が始まるというかね。年齢なんか関係ない、気が合えば友達。

出水:2人が会ってすぐ、18歳でデビューしてますよね?

美川:大映ニューフェイスに合格して、デビューが昭和40年。

JK:あの時は私も名前は知ってたし、なんとなくキレイな子だなって感じだった。ほっそりとしてて。

美川:西麻布のほうに新しくできたお店があったじゃない?キラー通り。あの時代はおしゃれな街で、お店にもよく行ってたわね。「柳ケ瀬ブルース」ではスーツ着て歌ってたでしょ?でも私生活では、みんなでつるんでディスコに行ったりとかね。

出水:えー!美川さんがディスコに行ってらしたんですか?!

JK:ディスコっていうか、今でいうクラブよね。とにかくカッコよかった。

出水:でも、当時の美川さんは「柳ケ瀬ブルース」で120万枚ぐらいの大ヒットを生み出していて、よく踊ったり気軽に踊ったりしてましたね?

美川:事務所に縛られてたから、「柳ケ瀬ブルース」は直立不動で歌わなきゃいけないし、衣装はタキシード。ネクタイ締めて。その反動でジュンコさんのところに服を作りにいってたわね。あの頃はお給料も良かったのよ!大手じゃないから。稼げば稼ぐほどお金が入ってくるから。ジュンコさんとも友達感覚でね。

JK:やりたい放題。服も「学割で」なんていうのよ、もう(笑)「わかってるでしょ、学割よ!」とか言ってね。

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美川憲一&コロッケ
スペシャルジョイントコンサート 2019

日時:2019年1月31日(木)
  【昼の部】14時00分開演
  【夜の部】18時00分開演
会場:オリンパスホール八王子
料金:全席指定 7,000円(税別)
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出水:美川さんといえば、ものまねタレントのコロッケさんの印象も強いんですが、ものまねされる側というのは、もしかしたら不快に思われたりしませんか?

美川:だって、私がお願いしたんだもの!

JK:お願いしたの?!

美川:そう。プライベートでも仲いいから。当時青江のママ、私の新人時代のおっかけだった人が「誕生日パーティやってあげるからいらっしゃい」って言ってくれて。それで友達を集めてコロッケが来てものまねをしてくれたのよ。ちあきなおみさんと、ブルース・リーの。そしたらみんなウケちゃって。私はじーっと見てて「アンタさぁ、私のものまねしなさいよ。やってちょうだい」って言ったら、「無理です!難しくって」って。難しいって言いながらも、じーっと「家政婦は見た」みたいな目で観察してて(笑)TVの「お笑いタッグマッチ」っていう番組で、やったのよ! 私もそれを見てて、「よくやってくれたわ」ってわ~っ!と手を叩いたの。でも私こんな顔じゃないし、こんなに口曲がってないし、自分で鏡見ながらう~ん?と思ったりしてさ(笑)

JK:本当はちょっと違うのよね、それがあの人のものまね。

美川:オーバーにしなきゃものまねって面白くないし。普通に似てるだけで歌っても面白くないから。

JK:あの人がやると、笑えるのよ。

美川:天才よね。それでものまねの番組の出演依頼がきて、ちょうど私もTVの出演が遠ざかってる時期だったから、お正月の番組にゲストで出ていただけます?って。

JK:どっちがゲストなんだろうね(笑)

美川:あっちがメインで、私がゲストよ(笑)まぁ楽屋もなくってね。つまり、バレたら困るから。本番直前、本当なら黒い布かなんか被っていくような状態。そうはしなかったけど、スタッフにも誰にも会わないように行って。それで「ご本人登場!」一発目だったのよ。

JK:まぁ~!そっから定着したのね!そこから美川さんも有名になってくる。

美川:それで、私がそれを受けなかったらどうなってたかな、って。流れはどうなってたかなって思う。そのものまねの審査員が淡谷さんで、淡谷さんも知らなくて、目がこんなになって(笑)喜びが半端じゃないのがわかって、嬉しくて。出てよかったなーって。それで毒を吐いてやろうと思って、「ものまねしてどうですか?」って聞かれて「いい迷惑よ!」って言って(笑)逆を言ってみたの。そしたら、その毒が面白いっていうんで、終わった後に楽屋でコロッケに「アンタ、こんなにウケたからさ、ジョイントのディナーショウとかやらない?」って。私がゲストで(笑)

出水:近いところでは、1月30日に予定されてますね。

美川:いまでもたま~にね。自分は自分のショウをやって、2人のショウは年に何回かね。それで「タンスにゴン」のCMが来たのよ。

美川:ものまねの番組を見てて、いわゆるプロデューサーとかそういう人が「ちあきさんとどうですか」って。最初はね、無理って言ったの。ちあきなおみさんって個性が強いし、私も個性が強いって言われてるけど、あの人には負けるわって(^^)それで、芝居も上手だし、歌も上手いし、無理って言ったんだけど、「ちあきを食うのは私しかいないかしら?他に誰がいるかしら?そうだわ、じゃあ私が食ってやろう!」って。戦いの気持ちで行ったのよ!戦場に向かっていくような気持ち!

JK:あの一言がさぁ!

美川:「もっと端っこ歩きなさいよ」。それも自転車に乗れなくってね!本当にもう、大変だったのよ!それでちあきに、「私、自転車乗れないのよ、どうしよう」って。監督に自転車乗れますかって聞かれて『はい、乗れます』って言っちゃったの。乗れなくて、他の人に回されたらどうしようと思って。それで路地裏でさ、食事もしないで休憩時間に練習して! でも、本番のときにセリフが出てこないのよ!こっちのほうで頭がいっぱいで気が動転して! でも何回かやってるうちに、なんかひとりでに「もっと端っこ歩きなさいよ」って言ったら、OKが出て(笑)やっと終わったと思ったら、その後監督から「美川さんさすが演技派ですね、自転車に乗れないオタオタした感じの雰囲気、まさにあれを狙ってたんです」って言われて。本当は乗れなかったなんて言えなくてさ。

出水:あははは!

JK:うちの息子がまだ小学校だった時で、ものまねが上手だったのよ。そっくりに言うのよ。それであなたがうちに遊びにくるじゃない?「本人よ、目の前でやんなさい」って言ったら、やるのよね(笑)

美川:本当こういうキャラクターができたのは、あのCMからなのよ。

出水:あの後「おだまり!」って言うのもね。

美川:あれはもともとね、新宿二丁目のゲイバーでやかまかしい時に「おだまり!」って言ってたのよ。

JK:声が裏返り気味でね(笑)声がいいのよ、美川語。

=OA楽曲=
M1. 愛染橋を渡ります / 美川憲一

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。