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200回記念! 池坊次期家元:四代目池坊専好さん

コシノジュンコ MASACA

2019年1月27日(日)放送

四代目 池坊専好さん(part 1)
1965年京都市生まれ。四十五世池坊家元・池坊専永の長女として、中学生の頃から正式に稽古をスタート。1989年11月に得度し、法名・専好を授与され、2015年、正式に「池坊 専好」を襲名します。天台宗頂法寺(六角堂)の副住職もつとめ、「命をいかす」という池坊の華道の教えをいかした多彩な活動を行っていらっしゃいます。


JK:実は今日、番組スタートから200回記念なんです! ぴったりのゲストでしたね。

池坊:おめでとうございます!

JK:何年続いてらっしゃるでしたっけ?たしか500記念のときに大阪の高島屋でお会いして・・・

池坊:550年記念じゃなかったですか?正確には、今年で556年目、文献によると、きちんと記された資料に基づくと、556年になります。

JK:じゃあ、私とお会いしたのは6年前。ちょうど朝ドラの「カーネーション」の時だったんですよ。「お花を活けてください」って言われて・・・じゃあカーネーションにしようって。好きだとか嫌いとかじゃなくてね。せめて色を変えようと思って、赤だとかじゃなくて、さわやかなグリーン系の色に変えたらクリエイティブかなぁ、と思って活け花やっちゃったんですよ(笑)

池坊:あの時コシノジュンコさん、本当にほかの種類の花をまぜないで、カーネーションだけで活けていかれて・・・あの思い切りの良さ、シンプルなところがいいなと思いました。

JK:あらそうですか!本当は私は枝ものでドーンッと、お花がないほうが好きなんですよ(笑)でも、あれはその時の気分で、いいかなと。

出水:池坊の歴史をひもとくと、室町時代までさかのぼるんですね!

池坊:はい。池坊の一番初めの人、活け花を始めた人は小野妹子。みなさん世界史の時間に勉強された記憶があると思いますけれども、その時先進的な国際都市だった隋に行って、仏教だとか関連文化を学んできて、帰ってきてから京都の六角堂で花を活け始めた、それが起こりであるといわれています。

JK:それは池坊さんの発祥の地?

池坊:はい。その六角堂の横に、池があって、その池のところにお坊さんが住まいしていた。それで「池坊」

JK:あらそう!屋号じゃなくて、イメージから来ていたんですね!

出水:それでいま副住職を務めていらっしゃるのは、そういったつながりなんですね。

池坊:そうなんです。池坊では必ず仏殿供養から活け花が始まったという起源を大切にして、代々六角堂の住職を兼ねながら、お花も広めていくという活動をしているんですね。

JK:じゃあお花以外にも、そういった活動をされていらっしゃるのね。

池坊:はい。法要があったりとか。

出水:以前は仏前のお花から始まったところですが、いつごろからお座敷のお花に代わっていったんですか?

池坊:そうですね、床の間が成立して、最初はお寺のお坊様が活けていたわけですけれども、だんだん公家の方々ですとか、そういった人たちに広まっていく。そうすると、より人をおもてなしするためにはどうしたらいいか、ということで進化発展していったんですね。

出水:使っていいお花というのは、当時と今ではどんどん変わっているんですか?

池坊:そうですね、100~200年前、もっと最初のほうの人が見たら、「今の活け花ってこうなの?!」って驚かれると思うんですけど(^^) 昔は「花は足で活けよ」という言葉があるんです。自分がくまなく野山を歩いて、花を探してきて、こういうところに花が咲いているんだ、こういう場所が好きなんだ、とかそういうことを知ったうえで活けなさい、と。

JK:あぁ! 自然と一体になる。お花屋さんに買いにいくわけじゃないのね!

池坊:そうですね(^^)ただ、いまはお花屋さんで買うようになりましたし、それから世界中から輸入の花も入ってきたり、バイオテクノロジーで今までなかったような色とか大きさとか・・・

JK:だけど立花とか、ものすごく省略された、洗練された世界じゃないですか。そこに花器、お水が1mmもあるかっていう・・・あれって息が止まるというか。すごい世界ですよね。

池坊:さすがジュンコさん、目の付け所が違う。どうしても花がたくさんある上のほうに目が行きがちなんですが、池坊では花器の水が張ったところから、すっと抜きんでている部分を「水際」といって、命のエネルギーがそこにあるといわれているんです。

JK:あれに映る美しさってあると思うんです。鏡のようじゃないですか。だいたい真っ黒でしょ。

池坊:そうですね、決して派手ではなくて、上の作品を引き立てるという意味があるんですね。器を地味にして、活け花を引き立てましょう、という。

JK:でも上は平たくて下は不安定というか。宙に浮いてるみたいというか、宇宙的というか。

池坊:普通でしたら、壺とかのほうがどっしりして活けやすいように思うんですが、そうじゃなくて、花器の口は広いんだけど、足元は細くなっているんです。

JK:そして上にすーっと、繊細な花。本当に日本独特の感性がありますよね。整理された、余計なものを一切省いて。引き算の世界ですよね。

出水:池坊が注目されるようになったきっかけのひとつが、豊臣秀吉というのは本当ですか??

池坊:そうですね、豊臣秀吉のために初代・池坊専好が花を活けて、それが高い評価を得たと。これは映画にもなっていまして、それもあってここ数年、みなさんが注目してくださっているんですね。

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出水:戦国武将って、どっちかっていうと血の香りというか、荒々しいイメージですが、活け花もお好きだったんでしょうかね??

池坊:どうなんでしょう、戦国武将というのはその時代の美しいものやいいものをめでるというところがありますよね。そういうものを集めることが権力のひとつでもあったし、それとともに、つかの間の争いを忘れるという意味合いもあったのでしょう。

JK:ああ、それはいいことですよね。

出水:先ほど「立花」という言葉も出ましたが、これは池坊の伝統のスタイルなんですよね。詳しくご説明いただけますか?

池坊:立花というのは、仏前供花から始まった池坊の中でももっとも古典的なスタイルなんです。いろんな種類の草木を集めていて、「大自然の縮図」ともいわれています。

JK:大自然の縮図が、ものすごく繊細なものになっちゃうんですね!

池坊:ですから、全部同じように均等に入れていくのではなくて、清い立つものもあれば、垂れ下がるものもあったり。力強い枝もあれば、か弱い草があったり。それぞれが互いの個性を活かしながら、尊重しながら、多様な世界を作り上げていくという意味なんです。

出水:いつごろからそういうスタイルは確立されていったんですか?

池坊:そうですね、江戸のころからそういうことを一生けんめいやりだして。実は江戸の寛永のころに水野天皇が熱心にやりだして、非常に文化がお好きな方だったんですね。それで宮中で文化サロンを開いて、二代専好を招いて、活け花の指導役をさせていたんです。そういったところからも、集まっていた公家などにも広がっていったという。

JK:京都ならではですよね。お公家さんがいて、それぞれの感性を広めていく。

池坊:その時に、水野天皇に招かれて、専好が立てた花が絵図で残っています。

出水:ええ~!

JK:そうそう!デッサン画みたいな絵本がありましたね!謡の本みたいな感じで。

池坊:ジュンコさんには見ていただきましたね。いつどこで、どんな風に活けたかというのが書かれているので、それを見て復元したりとか、勉強したりとか。

出水:当時はカメラなんてないですものね(^^)

JK:お弟子さんはどのぐらいの数ですか?

池坊:いま日本で400支部。活け花を愛して、池坊で学んだ人たちのグループなんですけれど、海外でも100支部あります。いま海外の方も活け花がとってもお好きで。アメリカですとか、ヨーロッパもありますし、アジアだとインドネシアやシンガポール。私が最近行ったところだと、ロシア。ロシアでもブームですね。一番増えてきているのは中国ですかね。

JK:やっぱり活け花を見ると日本に憧れますよね。まず活け花って日本だし、日本を知るには活け花が一番。お茶だけじゃなくて茶道とか、日本には「道」っていう考え方があるじゃない。これってすごく日本独特ですよね。

池坊:そうですね。普通だったら、美しい作品ができたらそれで終わりになるけれど、日本の華道や茶道はそのプロセスも大事なんです。出来上がるまでに自分がいかに集中して、無心になって、繰り返して・・・型があるからこそ、その日の自分の心身状態がわかりますよね。そういうことを繰り返しながら、自分の心を磨いていく。そういうところも独特の考え方ですよね。

=OA楽曲=
M1. 花 / 秦基博

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。