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マサカのMJと共演! 今陽子さん

コシノジュンコ MASACA

2019年2月17日(日)放送

今陽子さん(part 2)
1951年、愛知県生まれ。1968年、ピンキーとキラーズのボーカリストとして「恋の季節」が大ヒットし、数々の賞を受賞。72年の解散後はソロとして活動し、映画・ドラマ・舞台など、女優としても活躍しています。

出水:小さいころも、いまと変わらず活発な感じだったんでしょうか?

今:そうですね。女の子とおままごと遊びするよりも、どっちかっていうと男の子たちとチャンバラごっこしたり(笑)

JK:あ~(・o・) 今でもやってそう! 声も男の子っぽいもんね。

今:そうですね、「ベルサイユのばら」とかやりたかった。マリー・アントワネットじゃないですからね(^^)本当に女の子らしい遊びってなかったし・・・そのころから歌が好きで、鏡があるとその前で止まって、一生懸命身振り手振りしながら歌って。

JK:ご両親はそういう理解はあったんですか?

今:うちの父は素人ですけど、バンドをやってて、バンマスでギターとかハーモニカとかやってましたし、母はプロにはならなかったんですが、全国のど自慢大会で優勝したりして。スカウトも来たんだけど、時代が悪かったんで、プロにはなれなかった。そういうのに積極的に出て、いろいろ賞を取ってました。

JK:どっちかっていうとお父様似?

今:顔は父親似ですけど、芸事が好きっていうのは母似ですね。本当に小さいころからピアノやバレエのお稽古をやらせてもらって、普通は「行かせられる」んですけど、私は自分が本当に好きで、一緒に始めたお友達はどんどん先にやめて行っちゃうんですけど、私は最後までずーっとやってたんです。

JK:バレエだけど、クラシックですか?

今:そうですね、最初からジャズダンスってなかなかないですから。ましてや田舎なので、児童バレエ。バーとかにつかまって。一応トウシューズとかも履いてやってみたんですけど・・・ガラじゃないんですよ(笑)チュチュとトウシューズって。

JK:そうよねぇ(笑)女の子っぽいもんね。想像つかない。

今:でしょ?! でしょ?! ダメなんです(笑)だから発表会で、いわゆるクラシックのバレエは躍らせてもらえなくて、素足で、そのころ流行っていたラテンのリカルド・サントスとかに合わせて、タッタタ・タタッタ・タタタタ・チャチャ!っとか、タップもどきとか(^^)

出水:親元を離れたのが10代ですよね。ご両親の反対はなかったんですか?

今:一応反対されましたけど、母がプロになりたかったけどなれなかったので、私ができなかったことを娘にもやらせたいというのがあったんで・・・父のほうが反対でしたね。男親のほうが娘を手放したくないっていうか。

JK:手放すわけじゃないものね。独立心というか。

今:でもやっぱり、当時は新幹線がまだ出来立てで、東京は遠かったですよ!今は近いですけど・・・だから相当勇気がいったと思うんです。だって、出ていったのが’66年ですから。

JK:私も鈍行で実家に帰ったもんね。19歳で東京でしょう。10何時間もかかって・・・だから、いったん東京に行ったらなかなか帰れないもの。

今:ですよね!わかります。だからスカウトされて、春休みにちょこっとだけ、オーディションがてら行ったときに、ああ、これが東京ださ~って感じました(笑)

JK:あなた、それ何弁なの(笑)

出水:でも、東京に来てからちょっと逃げ出したいな~と思ったことはないんですか?

今:あります。だってそのころは中学3年生ですから、もうホームシック。14歳で出てきて、いずみたく先生のご自宅に住まわせてもらって。

JK:それは何がきっかけですか?

今:すっごい昔なんですけど、いしだあゆみさんが森繁久彌さんと「7人の孫」っていうドラマをやってらして、私大好きだったんです。それで名古屋にいしだあゆみさんがイベントでいらしたんですよ。で、私は大好きだったから楽屋に入れてもらって、そしたらいしださんと気が合っちゃって!

JK:でも、あなた子供でしょう??

今:子供です。中学1年生かなんかで。それで当時のいしだあゆみさんのマネージャーさんが「君、芸能界に興味ない?」って。

JK:へぇ~!

今:はいはい!やりたいです!!って言って。「歌とか演技とかできる?」って言うから、ちゃんとやったことはないけど好きです、って。それで急遽、東京にいっぺんいらっしゃいということになって、オーディションを受けたら・・・

JK:やっぱり子供を見て、ピンとくるんでしょうね。有名になる子供の目は中学高校ぐらいでなってるんだろうけどね。ひばりさんなんかが典型。

今:でも、その場で歌を歌ったわけでもないんですよ。ただ、私がいしだあゆみさんとノッて話しているのを見て、それで判断したわけですから。すごい目ですよね。

JK:今陽子さん、ピンキーにとって、MASACAは何ですか?

今:やっぱり、いくらなりたいと言っても、プロの歌手になれるのは大変なことだから、私の人生の中で一番大きなマサカは、プロの歌手になったことですね。

JK:ヒットしたっていうのがすごいわよね。

今:そうですね!それもバカでかいヒットをいただいて(^^)

JK:時代がよかったのかしら?タイミング? あの頃、日本はグループサウンズが出たりして、音楽ブームなの。でもどっちかっていうと、洋楽がメインなの。

今:そうですね。だから洋楽のカバーとか、その当時とか多かったですね。それで、いわゆる私たちの時代は昭和歌謡、あとよく言われたのは歌謡ポップス。そんな言葉があるんですよね。今でも「昭和歌謡のヒット曲」みたいな言われ方をしますね。

JK:でも「昭和」ってイメージはしないわね。あの時のブームって、エキゾチックなの。日本が初めて目覚めた、面白い歌とファッションと、いろいろ入り乱れて面白い流行を作ったんですよ。60年代後半って。

今:そうですよねー!だから、ジュリーのタイガースとか、テンプターズのショーケンとか、みんなやっぱり同じ時代ですけど、衣装がミリタリー調とか。

JK:私も衣装はタイガースからだからね。その辺は詳しいのよ!

今:ですよねー! 素敵な時代ですよね・・・。

出水:いままで様々な方々と出会ってこられたと思うんですが、一番思い出深い方はどなたですか?

今:んー、そうですね・・・私はけっこう海外のアーティストの方とご一緒にやったので、マイケル・ジャクソンが小っちゃかったころのジャクソン5と、ピンキーとキラーズがTVで対抗でやった思い出とか。あとはサンレモ音楽祭というのがあって、グランプリを取ったジリオラ・チンクエッティと共演したりとか。

JK:ダイアナ・ロスはどうなの?

今:ダイアナ・ロスは一緒にやったことはないです。カーペンターズはヤマハの世界大会でご一緒したし・・・マンハッタントランスファーも。海外のすごいアーティストと一緒にやらせていただいたというのが・・・

JK:でも、たった4年でやめたのは残念だったわね。

今:でも、いまになってわかったことなんですけど、私本当は15歳でデビューしてるんですよ。売れなかったんで、それでピンキーとキラーズで再デビューしたんですけど、いずみたく先生はもともと私が二十歳になったら、グループは解散して、私をソロに戻すという計画があったんですって。私も知らなかったんですけど。それをキラーズから聞いたんです。「俺たちは4年契約だったよ」って。

JK:あらそうなの!

今:でも私には知らされてなかったんで。つい最近知ったんです。だからキラーズに対しては本当に申し訳ない!本当ワガママで、いきなりリードボーカルで、あんたたち私がいなかったら食べていけないのよ、なんて生意気なガキだったんで(^^;)勝手に解散して、本当に心が痛かったんです。

出水:でも、いろんな方に巡り合って、本当に濃密な10代ですね!

今:こんな10代いないんじゃないですか(笑)本当に時代がよかったというか。

JK:「こんな人になりたい」っていう憧れの人っているじゃない?

今:そうですねぇ、私は昔からバーブラ・ストライザンドとか、ベット・ミドラーとか。

JK:やっぱりミュージカル系ですね。ミュージカルって、歌ってお芝居ができて踊って・・・いろんなことができなきゃね!それと、みんなと一緒になってやるからね。

今:だから、一人でスポットライトを浴びて歌うソロシンガーと、アンサンブルと一緒に築き上げるミュージカルは別物なので、それを同時にできるっていうのはすごい。

JK:歌手としてじゃくて女優?これからは女優でいくんですか?

今:いやっ、もちろん私は歌手がメインです! だけど、おかげさまでミュージカルの仕事もよくいただくんで、それはそれで。音域が広いんですよ、いまのブロードウェイミュージカルって。だから本当に今みたいに声がでないとまずダメですね。

出水:精力的に活動されている今さんですが、休みの時は趣味ですとか旅行とか、どんなことをされているんですか?

今:今は年齢的に、親が92歳になるので、母親のことをサポートしてあげる。元気は元気なんですけど、一人では何もできないし。一人で出かけることも無理なので・・・

JK:でも、年寄はあまりいたわりすぎちゃダメってもいうわよ。なんでもやってあげると、何もできなくなっちゃう。

今:もちろん、もちろん。ちゃんとやらせることはやらせてるし。一緒にご飯作ったり、一緒にやれることはやらせてます。でも、一人でお金を持ってカギをもって出かけるっていうのは・・・大金やカギが入ったカバンをどこかに置いてきたってことが実際にあったんでね。5分前にしたことは忘れちゃうとか、待ち合わせをしたのにいなくて、私が汗みどろで探したら、1回も行ったことのない場所で待ってたりとか。そういうことが多々あって、一人にはしとけないってことになって。

JK:ふだんは誰かいるんですか?仕事のときとか。

今:ショートステイさせてもらったり、デイサービス行ってもらったり。ケアマネージャーさんがとてもいい方なのでいろいろご相談させてもらったり。できることはやりますけど、無理なことはプロにお願いしてます。母にも言われるんですよ。「あなたの人生がダメになったり、あなたの仕事がダメになったら、私は申し訳ないから、預けるなりなんなりしてあなたの好きなことをしてね」って。

JK:いいね~。お母さまを大切にしてね。今が大切よね。旅行とか一緒に行ったりしてるの?

今:時間があるときはなるべく母と一緒にいるようにしています。ないだも飛鳥に一緒に連れてって。私は仕事だったんですけど。それは歌手の特権ですね(笑)温泉地で仕事とか行けますから(^^)

=OA楽曲=
M1. 七つの子 / リカルド・サントス

M2. This is My Season~「今」を生きる!~ / 今陽子

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。