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藤井聡太も顔負け?! 将棋界に66歳の新星、駒師・遠藤正己さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
3月2日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、将棋の駒を作る「駒師」の遠藤正己さんをお迎えしました。将棋の駒作りだけでも深いお話があるんですが、こんなドラマのようなことがあるのかと思わずにいられない遠藤さんの人生、とても面白いお話でした。まさに人間万事塞翁が馬。ウマ? なんとなく将棋につながりますね。

遠藤正己さん

遠藤さんが一躍注目されたのが2018年11月。将棋のタイトル戦「竜王戦」の第3局で、遠藤さんが作った駒が使われたのです。将棋には現在7つのタイトル戦があります。そこで自分の駒が使われることは駒師にとってこれ以上ない栄誉。中でも竜王戦は名人戦と並んで最高峰といわれています。駒師ならみな憧れ、それでいてなかなか叶わない夢です。それを遠藤さんは66歳にして実現したのです。実は、遠藤さんが駒作りを始めたのは59歳になってから。わずか7年でタイトル戦の駒に選ばれるのは、この世界では異例の快挙。この「超遅咲きの新星」はそれまで何をしていたのか。

遠藤さんは1952年東京で生まれ、すぐに山梨県に移り高校まで過ごしました。地方公務員だった父親の仕事の都合で、県内で引っ越しを何度も繰り返しました。高校を卒業すると上京。パブでアルバイトをしているうちに飲食業に興味が膨らみ、将来は自分の店を持ちたいと思うようになります。ところが芸能プロダクションの社長と知り合って、ギターの弾き語りに転身。各地のナイトクラブを回っていると、秋田のお店でお客の女性に一目惚れ。結婚して2人の子供が生まれました。

29歳のとき、奥さんが3人目の子供を身ごもったのを機に弾き語りの仕事を辞め、一家で山梨に戻りました。自動車販売店の営業の仕事を2年間やったのち、31歳で独立して居酒屋をオープン。お店の名前は「龍」。ご本人が辰年生まれということでつけたそうですが、やっぱり将棋に縁があるような…。このお店が大当たり。それからはすべてがうまくいきました。しかし、何が起きるか分からないのが人生です。44歳のとき、最愛の奥さんが交通事故で亡くなってしまったのです。

遠藤正己さん

「不思議なもので、それまでは本当に何でも思うように全部動いていたのが、歯車が狂ったように何をやってもだめになりました。それからの15年は泥沼でした」(遠藤さん)

居酒屋は赤字が続いて2年でたたみ、そのあとはスーパーの総菜係、ゴルフ場のレストラン勤務、テイクアウトの寿司店の支配人と、いろいろな仕事をやりましたが、どれもうまくいきませんでした。60歳が近づいてきた頃、母親の介護が始まりました。そこに「消えた年金問題」が発覚。東京で働いていた頃の記録がすっかりなくなり、年金もアテにできなくなってしまいました。自分の生活と母親の介護のために遠藤さんは仕事を探しました。母親のそばについているために、朝9時から夕方6時まで家を空けるような仕事はできません。駐車場経営が理想的だけれど、あいにく田舎はそれも難しい。そこで遠藤さんの頭に浮かんできたのが将棋サロンでした。

スタジオ風景

「定年退職した人たちが、家にいたらじゃまにされる、パチンコに行けばお金がかかる。たまたま近くに空き家があったので、そこを将棋サロンにすればみんな集まるのにいいんじゃないかと。私が将棋好きだったものでそんなことを思いついたんです」(遠藤さん)

将棋サロンをやるならと、遠藤さんはネットオークションで少しずつ将棋盤を買い集め、駒もいいものを探すようになりました。そんなある日、静岡県富士宮市を拠点とする将棋駒製作のグループ「富士駒の会」が展示即売会と駒彫りの実演をやるというので、遠藤さんは行ってみることにしました。会場には会のメンバーが製作した将棋駒が100セットほど並んでいました。素人目には1~2時間見てもどれがいいものか分かりません。

不意に「どれかいい駒はありましたか?」と一人の男性から声をかけられました。「いやあ、どれも素晴らしくて甲乙つけがたいですね」と遠藤さんが答えると、思いがけない言葉が返ってきました。「気に入ったのがなければ、自分で作ってみればいいじゃないですか。私がちゃんと教えますよ」。そう言ったのは、富士駒の会でメンバーを指導している駒師の大澤建夫さんでした。大澤さんは「富月(ふげつ)」という雅号で駒を作っている駒師で、タイトル戦に何度も駒が使われている方です。この出会いがきっかけで、遠藤さんは59歳で駒作りの修業を始めました。

製作途中

「駒師の道具は彫刻刀1本とサンドペーパー。全部揃えても10万円ぐらいなんです。お店を始めようとすれば最低でも1千万円はかかりますが、10万円なら投資としてはだいぶ安いですよね。それで、ものになればよし。ものにならなければ表札彫りのアルバイトぐらいはできるんじゃないかと思ったんです(笑)」(遠藤さん)

実は大澤さんも遠藤さんと同じような転向組で、元々はトラックの運転手や歯科技工士などいろいろな仕事を経たのちに山形県天童市の駒師のもとで修業をした方なんです。禍福は糾える縄の如しとはよく言ったものです。大澤さんとの出会いから遠藤さんの泥沼の人生は再び明るい方向へと変わっていくのです。富士の高嶺に鶴が舞うように。

スタジオ風景

将棋駒は大きく分けて4種類あって、いちばん安価なのはベースとなる木地(きじ)に直接字を書く「書き駒」。次が文字を彫刻刀で彫って漆で色を塗る「彫り駒」。これは中級品。その次が『彫り埋め駒』といって、字を彫った溝に漆(うるし)を埋めて平らにしたもの。これは高級品。そして最高級は、彫り埋め駒の上にさらに漆を盛って文字を浮き上がらせる「盛り上げ駒」。これを作るには高度な技術が必要だそうです。

製作途中

駒師はみんな盛り上げ駒をやりたいけれど、挑戦して挫折する人がとても多いそうです。そんな中にあって、遠藤さんは盛り上げ駒だけを作っている大変珍しい駒師です。作業するのは、母親の介護が終わったあと夜8時から深夜2時頃まで。とても集中力のいる仕事で、ひと組(20個×2人分=40個)作り上げるのに2ヵ月かかるそうです。

遠藤正己さん

「私はタイトル戦で自分の駒を使っていただけるなんて夢にも思っていませんでした。元々、〝消えた年金〟で自分の年金がアテにならなくなって、年金の足しになればっていう気持ちで始めたんですから。でも駒を作り始めて3年目のときに、日本将棋連盟(東京・渋谷区千駄ヶ谷)の売店に駒を置いていただきました。それは大澤先生が私を連盟の方に紹介してくれたんです」(遠藤さん)

そして修業を始めて7年、2018年11月の竜王戦第3局で遠藤さんの駒が採用されました。タイトル戦では、将棋連盟所有の駒や、会場となる老舗旅館が所有している駒、地元の名士が所有している駒などが使われるそうです。この竜王戦のときは将棋連盟の方から「駒を作ってみて下さい」と遠藤さんに声がかかって、遠藤さんは2組作って納めました。タイトル戦で使う駒は対局する2人の棋士がいくつかの候補を手に取って両者の話し合いで決まるのだそうです。

寉峯作の盛り上げ駒

「去年(2018年)の竜王戦第3局は茨城県の鹿島神宮で行われたんですけど、将棋の駒を決める『検分』に私も立ち会わせていただいたんです。羽生善治さん(当時、竜王)と広瀬章人さん(当時、八段)が用意された2組の駒を広げたんですけど、2組とも私の駒だったんです。私は、ほかの駒師の方が作った駒もあると思っていたので、どういういきさつで2組とも私の駒だったのかは分かりません。でも、2組の駒を観たときは『どっちが選ばれてもオレの駒だ!』って思いました」(遠藤さん)。

羽生さんは遠藤さんの駒について記者に聞かれて『線がすっきりして見やすい』と話していたそうです。

遠藤さんの駒は、映画でも使われています。羽生さんのライバルでありながら若くして亡くなった棋士・村山聖さんを描いた『聖(さとし)の青春』。このときは将棋連盟や映画会社からは何も知らされていなかったのですが、聖(演じたのは松山ケンイチさん)が先輩(安田顕さん)と対局するシーンで、テレビCMに一瞬映った駒を見て「オレの駒に似てる」とピンときたそうです。それで居ても立ってもいられず劇場に観に行ったところ、王将の駒尻に遠藤さんの雅号「寉峯(かくほう)」の文字が確認できたそうです。すごい!

この話には続きがあるんです。遠藤さんの駒が映画で使われていたことを知った師匠の大澤建夫さんはちょっと羨ましく思っていました。それで遠藤さんは大澤さんに少し申し訳ないような気持ちがしていたんですが、村山聖が羽生善治(東出昌大さんが演じました)と対局するクライマックスシーンで使われていた駒がなんと大澤さんのものだったそうです。これで師弟関係にひびが入ることなく丸く収まったということです。それにしても遠藤さん、将棋の駒、駒師の師匠、いい出会いに恵まれて嬉しそうでした。

遠藤正己さんのご感想

遠藤正己さん

緊張で頭の中が真っ白で、何をしゃべったか憶えてません。余計なことを言ってなければいんですけど(笑)。

久米さんは思った以上に気さくな方で、話しやすかったです。


「今週のスポットライト」ゲスト:遠藤正己さん(駒師)を聴く

次回のゲストは、オリィ研究所・吉藤健太朗さん

3月9日の「今週のスポットライト」には、遠隔操作で動かす分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発した株式会社オリィ研究所の代表・吉藤健太朗さんをお迎えします。子育てや介護で家を出られない人がこの分身ロボットを使って会社で働いています。また、重い病気などで学校に通えない子供たちのために教室に分身ロボットを導入する動きも広がっています。

2019年3月9日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190309140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)