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宇多丸、『女王陛下のお気に入り』を語る!【映画評書き起こし 2019.3.8放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこの作品『女王陛下のお気に入り』。『籠の中の乙女』や『ロブスター』などで注目を集めたヨルゴス・ランティモス監督の最新作。18世紀イングランドの王室を舞台に、女王と彼女に仕える2人の女性の入り乱れる愛憎を描く。

第91回アメリカ・アカデミー賞では作品賞を含む9部門に10ノミネートされ、オリビア・コールマンが主演女優賞を受賞。共演のエマ・ストーンとレイチェル・ワイズも助演女優賞にノミネートされた。だから『ROMA/ローマ』と並んで最多ノミネートだったという作品ですね。

ということで、この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、通称<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多い」。ああ、そうですか。まあアカデミー賞で非常に話題にもなりましたしね。あと、予告で見るだに面白そうだって感じた方も多いんじゃないかなと思うんですけど。

賛否の比率は「褒めが8割」。その他が2割ということです。主な褒める意見としては「主演3人の演技合戦が素晴らしい」「オスカーのトリプルノミネートも納得」「魚眼レンズを多用した独特の映像も不穏な雰囲気を加速させていて見事」「衣装や美術を見てるだけでも楽しい。その豪華絢爛さと物語のおどろおどろしさの対比も味わい深い」といったあたりでございました。否定的な意見としては、映画の出来は認めつつも、「そもそも女性同士のマウンティングの取り合いが苦手」「宮廷物が苦手」「登場人物が着飾っている映画が苦手」という意見が多かったというところでございます。

 

■「(オリビア・コールマンの演技は)これを名演と言わず、なんと言うというような見事な演技でした」(byリスナー)

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「LA LA LAND」さん。「自分はヨルゴス・ランティモス監督のファンで、日本で公開されてる作品は全て見ており、特に『ロブスター』はオールタイム・ベスト級に好きな作品になりました。で、そんな人間から見て面白かった! ぶっちぎりで今年のベストワンです。ゲスなキャラクターたちに愛着をわかせる見事な脚本。魚眼を多様した撮影の生み出す不吉な映像。サンディ・パウエルの時代考証をすっ飛ばしたゴージャスでモダンでクールな衣装。そしてランティモス的な悪趣味を含めつつ、テンポのアップダウンを利用した見事な演出。それらが生み出す長大な化学反応はいつまでも見ていたいと思えるようなとても心地よいものでした。そして何より、並外れた役者陣の演技は化学反応に大きな力を与えてると思います」。

で、いろいろと書いていただいて。「……アン女王役のオリビア・コールマンの演技は彼女のキャリアベストどころか、この1年映画の見た様々な俳優の演技の中でもベスト級の演技に見えました。序盤から泣いて、わめいて、笑って、叫んで、食って、吐いて、痛がり、殴る」。ちなみに吐くのは3人ともやりますね。勢いよくいきますけどね。「……近年、ここまで感情をむき出しにした映画のキャラクターはいたかと思うほどです」。あ、3人とも殴って吐くな。というか3人とも、この全てをやるか。ねえ。泣くし、わめくし、みたいな。

「とにかく強烈なキャラクター。しかも、その強烈なキャラクターの中に、17回の死産、流産、子の早死を経験し、さらに女王という自分の資質以上の大役を任されてしまったことの辛さ。しかも、それをただのオーバーアクトやコメディー演技に落とし込まず、アン女王の悲哀を強烈な演技の中の微妙な表情の変化で映し出す。これを名演と言わず、なんと言うというような見事な演技でした」ということでございます。ありがとうございます。あ、(この投稿者の)ラ・ラ・ランドさんは14歳。わおーっ! すごいね。素晴らしい鑑賞力じゃないでしょうかね。

あとは「ゴールデンメロディ」さん。この方はちょっとダメだったという方。「宮廷物ってちょっと苦手なところがあります。あのファッションが馴染めないのかもしれません。またヨルゴス・ランティモス監督の『ロブスター』もあまり馴染めませんでしたので、一言で言うとめんどくさい作品。どうだろうかと懐疑的でしたが、エマ・ストーンは好きな女優さんなので多少は期待していましたが、その好きなエマ・ストーンをもってしてもダメでした。退屈でした。

たしかにオリビア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズの三女優の演技は素晴らしかったです。コールマンのオスカー受賞も納得ですが、やはり宮廷物は馴染めない感じです。私は『アマデウス』さえちょっと馴染めない感じがある」って、とにかく宮廷物が苦手っていうことを繰り返し書いていただいているという(笑)。はい。みなさん、メールありがとうございました。

 

■ランティモス監督の攻撃的な作家性はそのままに見やすくなった一本

私も『女王陛下のお気に入り』。ガチャが当たる前の初週、アカデミー賞直前のタイミングで、シネクイント……これは非常に入っていましたね。そしてTOHOシネマズ六本木の深夜回で、2回見てまいりました。ヨルゴス・ランティモス監督作、このコーナーで当たるのは初めてで。先にもう結論から言っちゃうけど、そのヨルゴス・ランティモス監督の攻撃的な作家性はそのままに、ケタ違いに見やすい、飲み込みやすい一作という。ここはもう本当に揺るぎなく、間違いないところじゃないでしょうかね。

前作『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』という2017年作品も、あとその前の『ロブスター』、2015年の作品、これもたしか、ガチャには入っていたんだけど、なかなか当たらず……ということで。『鹿殺し』の方はたしか、リスナー枠だった気もしますけどね。

まあ、ギリシャ出身の方。2009年の『籠の中の乙女』というのがカンヌ映画祭のある視点部門グランプリを獲って以降、世界的に注目され、そして各映画祭・映画賞の常連的な地位を確立したような方ですよね。とにかくものすごく作風がはっきりしたというか、超クセのある映画ばっかりつくってきた人で。まあざっくり言えば、すごく寓話性が高い作品をつくってきましたよね。一見現実、リアルを元にしてるようで、実はとんでもなく変な、ゆがんだ設定、法則性に全体が支配された世界だったりする、というような。

で、まさにそれを映画的に表すかのように、カメラワークや編集も……たとえばやっぱり、異様な印象を残す広角レンズ使いであるとか。あと、これまた非常に不気味極まりない印象を残す、カメラの移動であるとかね。まあ今回も使われている非常に素早いパンとか。あと、その『キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』だと、人物を、すごい高い位置からグーッと後ろから追ってくるの(カメラワーク)を、序盤の何でもないところから(多用していたりして)、「なんだ、これ?」っていう。あと、すごい変な角度で(人物や光景を)切り取ったりする。

で、それがしかもなんか、ちょっとずつ(カメラが)寄ってたりするとか。「気持ち悪いんだけど!」みたいな。そういうカメラワークとかね、あざといまでにエッジィな、キレキレの映像文法でですね、攻めまくっている感じ、というところですね。あと、プラスそこに、かなりダークな笑いのセンスがあると思いますね。すごく悲惨なことが起こっていても、全体としてはダークコメディーみたいな風にも見えたりするというあたり。非常に暗い笑いのセンスを持ってる。

で、それらを通じて改めて、現実世界の普遍的な構図……たとえば人間間、もしくはその社会の中の支配・権力関係であるとか。あとはたとえば、理性と動物性の軋轢。たとえばどうしても性欲に引っ張られちゃう滑稽さとか、そういったようなものとかが、意地悪~に浮かび上がってくる、みたいな感じで。ごくごく大雑把にまとめるならばそんな感じの作品群を、共同脚本パートナーのエフティミス・フィリップさんという方、あるいは撮影のティミオス・バカタキスさん、あとは編集のヨルゴス・モブロプサリディスさんというような常連チームとともに作り出してきた、というような方なんですね。

 

■歴史物の重厚さは保ちつつ、歴史考証にこだわりすぎない

その意味で、今回の『女王陛下のお気に入り』、この原題『The Favourite』という作品は、ヨルゴス・ランティモスさんのフィルモグラフィーの中でも、ちょっと転機になるような1本と言ってもいいんじゃないですかね。さっき言ったこれまでのチームで言うと、編集のヨルゴス・モブロプサリディスさん、この方は今回も入ってるんですけど、それ以外は、撮影も今回はですね、いつも組んでいるティミオス・バカタキスさんじゃなくて、ロビー・ライアンさんっていうね、『わたしは、ダニエル・ブレイク』とかケン・ローチの作品に多く関わっていたりとか。

あとは、ちょうどこの番組で今週水曜日、映画ライターの村山章さんにおすすめいただいた日本未公開作品で、アンドレア・アーノルドさんという監督の『アメリカン・ハニー』、あと『フィッシュ・タンク』、この作品などを手がけられた方。ロビー・ライアンさん。こちらに撮影が変わっているし。

あと、なによりこれまでヨルゴス・ランティモス作品の、さっき言ったようなカラーを非常に強烈に決定づけてきた、共同脚本のエフティミス・フィリップさんが、今回関わっていない、っていうことですね。まあなにしろ、これまでのヨルゴス・ランティモス作品のような奇想に満ちた現代の寓話、みたいなところから打って変わって、今回は史実ベース。しかも英国王室物っていうね、まあある意味、英国王室物自体、ひとつのジャンルではありますよね。

で、当然ヨルゴスさんはそんな英国王室物とか、明るくはないはずなんで。で、なぜそういうのをやることになったのかというと、今回の脚本は、元々はデボラ・デイビスさんという方が20年前に書き上げていったものが元になっている。で、パンフによれば、当初はこれ、BBCのラジオドラマとしてちょっと放送されたこともある、ということらしいんですけど。

で、それが紆余曲折、20年間かかって、改稿に改稿を重ねた果てに、ヨルゴス・ランティモスが監督するということになって。そこで改めて、彼の意向を反映したバージョンを、トニー・マクナマラさんというオーストラリアの脚本家の人が仕上げてきたという、まあそういう流れがある。じゃあ、どうそのヨルゴス・ランティモス監督の意向というのが反映されてるのか?っていうと、これは監督自身があちこちのインタビューに答えてることですけど、要は「歴史考証に、こだわりすぎない」っていうことですね。

さっき言ったそのデボラ・デイビスさんの元の脚本が、念入りに資料などを調査して、歴史物としてもしっかりしたベースをつくっているだけに……っていうね。まあ、もちろんそれもいろいろと整理・アレンジはしているんですけども。それだけに、今回のバージョンでは、言葉遣いや振る舞い方など、時代設定にとらわれない現代性がミックスされているという。「OK」って言ったりね。あとは廊下に出て「ファック! ファック! ファック!」とか(笑)、ああいうことを言ったりとかね。

といっても、たとえばバズ・ラーマンの映画のように、現代ポップカルチャー的な文脈に完全に置き換えるというような、そういう極端なバランスでもなく。あくまでも歴史物の一線、重厚さみたいなものは保ちつつ、その中に現代性を溶け込ませる、忍び込ませる、というような塩梅だと思ってください。いちばん近いのは、やっぱりさっきのメールにもありましたけども、『アマデウス』とかかなと思いますね。あと、自然光にこだわったっていうライティングは、もうモロに『バリー・リンドン』風だと思いますけどね。

 

■一見普通の歴史物ながら、語り口は現代的でシャープ!

で、ですね、そんな感じのバランスは、本作の他の部分、脚本以外にも、映像的な部分にも非常に徹底されていて。たとえば、これもメールにありましたね。歴史劇衣装の名手、サンディ・パウエルさんの衣装。『恋におちたシェイクスピア』とか……だからあれですよ。『ラ・ラ・ランド』の(オープニングの)ラジオで流れてくる「サンディ・パウエルさんが『恋におちたシェイクスピア』で……」っていう、その話ですよ。まあそのサンディ・パウエルさんの衣装も、さっきのメールにあった通り、時代考証をある程度すっ飛ばした材料選びだったりする、とか。

あと、途中の舞踏会のシーンで、レイチェル・ワイズとジョー・アルウィンさんがですね、ペアで踊るダンスのシーンがありますよね。あそこ、これはパンフレットの山崎まどかさんのコラムで僕は知ったんだけど、アルゼンチン出身のコンテンポラリーダンサー、コンスタンツァ・マクラスさんという方が振り付けをしてるという。だから、コンテンポラリーダンスの文脈が入っているわけですよ。だから、クラシカルな向かい合って踊る社交ダンスに見えながらも、ところどころに「あれっ?」っていう違和感を発する、現代的な動きが入ってる。最終的にはBボーイングみたいなことまでやってますから(笑)。

という、それがまあちょっと楽しい。そういう、ちょいちょい違和感が入ってくる感じが非常に楽しい、というような感じがあったりとか。あと、もちろんヨルゴス・ランティモス作品の映像スタイル、先ほど言ったようなものを、今回カメラマンは変わりましたけど、ロビー・ライアンさん、これまでの作品のスタイルを完全に踏襲してみせている、と言っていいと思います。本当にケレン味あふれるカメラワーク。極端な広角レンズ、魚眼レンズを、非常に素早いパンで左右に振る、(そうすると)なんか異様な感じがする。全体が歪んでいる。そんな画面になっている。

などなどとにかく、まるっきり歴史物の枠組みから外れてしまうわけではないけれども、一見普通の歴史物、英国王室風の見た目なんだけど、でもたしかにそれでも、語り口そのものが現代性を如実ににじませている、というような、そんな独特のねじれたバランスが、この『女王陛下のお気に入り』に、その歴史物・英国王室物としてかつてない、新鮮なシャープさというものをもたらしている、と思います。

しかもそのバランス・構造っていうのは、まさに最初に言った、「一見現実、リアルを元にしてるようで、実はとんでもなく変な、ゆがんだ設定・法則性に支配された世界観」、そして「それが改めて現実世界の普遍的な構図を意地悪に浮かび上がらせる」という、ヨルゴス・ランティモス監督作のこれまでと通じる作風、作家性そのものだ、ということですよね。

逆の言い方をすれば、ヨルゴス・ランティモス監督の強烈な作家性はそのままに……たとえばね、「これはもうオレの監督作ですよ!」っていうのを示すかのように、わざわざロブスターを使った変な場面が出てきたり、鹿肉がアップになったりとか(笑)。そういうもう「えっ、冗談?」っていうぐらい、「これはオレの映画だから!」っていうようなサインを入れたりして。それはそのままに、史実ベースゆえの重み、深み。そして何より物語としてのわかりやすさ、飲み込みやすさ、というのを兼ね備えてる。最初にも言った通り。

 

■オリビア・コールマン、恐るべし。アカデミー主演女優賞も納得の演技。

これは多くの方が指摘する通り、『イヴの総て』という1950年の作品の系譜の、いわゆる「立場乗っ取り物」……ある立場にいた人がいて、その人が弟子というか、下の立場の人を取り立てるんだけど、その人が最終的にその立場に取って代わる。立場乗っ取り物というかね、それのまあ、最新型ダーク・セックスコメディー・バージョン、みたいな感じというか。そしてもちろん、たしかにこれも多くの方ね、この表現を使うと思いますけども、『大奥』的なね……すごい『大奥』チックでもありますよね、という感じ。

要はまあ、一般性をも兼ね備えた1本、という風になっていると思います、この『女王陛下のお気に入り』はね。「普通に面白いですよ」って勧めやすい1本ですよね、ヨルゴス・ランティモスの中では。で、見どころはやっぱりですね、アカデミー賞に三者揃ってノミネートされた、事実上の主演3名の、三者三様、三つ巴の、物語的にも演技的にもせめぎあい!っていうね。まあ、話的にもそうだから、ここが見どころになるのは当然なんですけども。

まずはなにしろね、もうしょうがないよね、これはね。ここに言及というか、ここに重きを置くしかないのは……オリビア・コールマン演じる、アン女王という方。この方、要はグレートブリテン王国最初の君主なわけですね。要するに、イギリスが連合王国になって最初の君主。非常に重要な役割。なんだけど、劇中でも語られている通り、17人も子供を産んで、結局全てを亡くしてしまったというような、非常に生身の人間としては……しかもその、身体も弱くて。ということなのに、なのに17回も子を産まされるという、その王室ならではの、言っちゃえばちょっと非人間的な使われ方というのかな、置かれ方というのかな。

というのをまあ、そういうような思いをしてきた人でもあるという。で、その17人の子供を産んだという件が、まあセリフ上でも語られるだけではなくて、身代わりのようにかわいがっているウサギ、というのが今回の映画の中の、まあこれは創作的な設定としてある。これがこの映画の中では、大変に重要なシンボルとして、それこそ最後の最後まで使われているので、その扱われ方とか意味するところっていうのも、よく考えながら見進めていただきたいんですけども。

で、とにかくまあアン女王。少女期から、今回の映画ではレイチェル・ワイズが演じているサラ・チャーチルさんという方。もともとは……僕、この本を読んだんですね。森護さんの『英国の貴族:遅れてきた公爵』っていうちくま文庫から出ている本を読んだんですけども。もともとはサラ・ジェニングスさんという方。このサラさんという方を、少女時代からずっと慕っていて。で、劇中で出てくる通り、お互いに「フリーマン夫人」「モーリー夫人」と呼び合っていたこと、そして後にそのサラのいとこであるアビゲイル・ヒルさん……このアビゲイル・ヒルさんという方は、今回の映画の中でははっきりとは言われてないですけど、ニコラス・ホルトが演じているハーリー、あれのいとこでもあるんですけども。

アビゲイル・ヒル、今回はエマ・ストーンが演じている役に、その寵愛が移っていく、とか……などなど、全て史実である、ということですよね。ただまあ、史実と微妙に変わってるのは、もちろんスペイン継承戦争の最中の話なんだけども、アン女王の夫、王様はまだ生きていました、とかね。いろいろとあるんだけども、男性キャラクターは全部後景化させた、というね、そういうアレンジはしているということですね。

とにかく、大変に興味深くも、なんとイギリス本国でもこれまであまり知られてこなかったというアン女王という存在をですね、その圧倒的な孤独感と、それを埋めようとする切実な感情……尊大さと、でも実は、コンプレックスも非常にある。あるいは気高さと、なんだけどさっきのコンプレックスと同じで、実は裏返しの卑屈さもある、という。あるいは、肉体的な老いをすごくひしひしと感じる立場でありながら、精神的には幼さをすごく残している感じであるとか。

などなど、この人物1人に集約された……その、圧倒的権力者ならではの、多面的な、多層的な人間性っていうね。要するに、こういう立場じゃないと絶対にない何か、みたいなものを一身に……それこそさっきのメールにもありましたけど、持続するワンカットの表情のアップ、その微細な変化の中に、さっき言ったいろんな面を、微細な表情の変化だけで表現しきってしまう。たとえばあの舞踏会のシーンで、最初はニコニコしてる風なんだけど、だんだん「うーん、なんか私、うーん……」って。で、諸々あってそれがだんだん腹立ちに変わってきて……みたいなところを、表情1個で表現しきってしまう、オリビア・コールマン。まさに恐るべし。やはりアカデミー主演女優賞も納得の演技じゃないでしょうかね。

 

■レイチェル・ワイズの男前な佇まい、エマ・ストーンの「うわっ、不快!」な顔

対する、レイチェル・ワイズ演じるレディ・サラ。政治的にも友人関係的にも、そして性的にも、アン女王を支配しているこの立場。そのフェロモン。そしてそのまあ、なんていうか男っぷりというかね、男前な佇まい。そしてその向こうにある、でもやっぱりおそらくはアン女王のことをいちばん対等の人間として見ているのも、本当に彼女であろうというような、その真意の部分も含めて、見事に演じていて。レイチェル・ワイズ以外にこれを演じるとしたら、元々のキャスティング候補でもあったというケイト・ブランシェットぐらいしか……ケイト・ブランシェット・バージョンっていうのも「たしかに」っていう感じもしますけどね。

あとこれ、実はストーリー的には……この三者の中で、ストーリー運びとしてはいちばん重要な役。要は、ストーリーのメインは彼女の成り上がり物語でもある、アビゲイル。他の上流階級連中、貴族連中とかね、王様たちのやり取りを、時に虎視眈々と、時に呆れ混じりで見る……そしてそれに対して、彼女がある作戦、手を打つという。要はそのリアクションがまた多くを語り、話を進めていくという、実はストーリーテリング的にはいちばん重要とも言っていい役。このアビゲイルを演じているエマ・ストーン。このエマ・ストーンが、やっぱり唯一、この3人のキャストの中でアメリカ人というね。

このアメリカンな存在感が、ちょうどいい浮き加減というか、ちょうどいいカジュアル感というかね、そういう感じで。あとやっぱり彼女、エマ・ストーンは、基本的にはいい人役ばっかりやってきたから、彼女の役柄としてはちょっとね、「ああ、エマ・ストーンって、こんなに嫌な顔をするんだ!」っていう。「うわっ、不快!」っていう顔をきっちりするあたりもね、なかなか新鮮でしたね。

でもまあやっぱりアビゲイルさんという人は、ちょっとピカレスクロマン的な成り上がりをしてくわけですけど。やっぱり彼女こそが、たとえば社会階層であるとか、あるいは男と女であるとかっていう、そういう権力構造の犠牲になり続けてきた人なので。彼女が溜め込んだ怒り、そしてそれを社会に対して知恵で仕返ししてやる、というかね、知恵で掴んでやるっていう、このことそのものはやっぱり、ある程度の感情移入っていうのは生んだりする、ということですよね。

だから、ある程度の感情移入も生むし、ある程度の「嫌だなこの人たち」っていう感じも、適度にそれぞれ三者三様含んでるあたり。この三すくみバランス。これが見事な構築ですよね。あと、男性陣ではやはり、あのニコラス・ホルト演じる政治家のハーリーさんという方ね。これ、さっきも言いましたけど、本当はアビゲイルのいとこなんですけど。あれのさ、やっぱりニコラス・ホルト。もともとかわいらしい、素敵なきれいな顔をしてますけど。カツラとハイヒールとメイクアップで、本当にグラム・ロック的と言っていいような存在感ですけど。

あれ、でも突拍子もなく見えますけど、あれは結構史実的に、実際ああいう格好をしていたらしいんで。化粧もそうですし、顔料がなんかあんまりいい顔料じゃなくて、ボツボツができちゃったのを隠すために、また星型とかハート型のシールみたいなのを貼って……みたいな。そういうところまで、まあちょっと「男は孔雀のように着飾る」みたいなのを過剰にやっているあたりも、面白かったですね。ちょっと意地悪な感じで見せている感じね。

 

■古典的な意味でも「面白い」ストーリー。現代的な意味でも「面白い」語り口。万人におすすめ!

で、ストーリーライン的にはさっき言ったようにある種古典的だけども、全編ギョッとさせたり不安にさせたり、っていうその演出のシャープさ。完全にやっぱり、ヨルゴス・ランティモス節が味わえますね。たとえばですね、時間がないので絞って言うと、音の演出。これ、ジョニー・バーンさんっていう音響演出の方の仕事なのかな……とにかく、たとえば機械かなんかが「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン……」って断続的に鳴っている音が、ずっと持続的に鳴っている。あるいは印象的なのは、鳩が「ホロッホー、ホロッホー、ホロッホー……」って、ずーっと持続的に鳴り続ける、こういうノイズ的な音が、だんだん大きくなって、何かを感じさせる。非常に不気味な音の演出とかですね。

かと思えば、これはヨルゴス・ランティモスの十八番ですね。いきなり「デデデーンッ!」みたいな、露骨にホラー的だったり、露骨に怖がらせ音楽みたいなのを、完全にブラックジョーク的に放り込んでくる。今回で言うと、2度目の射撃シーンのあの、「ダーン! ジャジャジャーン!」って(笑)。笑っちゃう、っていうあたりとかね。そんなあたりだと思います。

まあそんなこんなで、非常にわかりやすく、古典的な意味で「面白い」ストーリー。そして、現代的、実験的な意味で「面白い」語り口、演出。両方が詰まって、テンポよくどんどんどんどんと飽きさせない、という感じですね。唯一今回、ヨルゴス・ランティモス本来のある種の難解さみたいなものが残っているとしたら、やはり解釈がオープンになっている、ラスト周辺ですね。僕は、二度目に見た時に気付いたのは、最後の方で手紙を焼き捨てるアビゲイル。

あそこでアビゲイルが一筋、涙を流す。あの意味とは? とかですね。あと、やはりラストですね。その、ピカレスク・ロマン的な帰着としては、いったん決着……「ああ、ここで終わりか」と思いきや、もう1回、力関係の転倒が起こる。アン女王にとっては、取り返しのつかない選択をしてしまったかもしれない、という……そしてアビゲイルにとっては、やはりさっきも言いましたけど、権力構造の犠牲にずっとなり続けてきた彼女が、「結局、ここかい……」っていう、この感じ。そして、その両者の胸に去来するものを象徴するかのように、ずーっとゆっくり、なんか多重的に、気持ち悪い感じで重なってくる、ウサギちゃんたちのオーバーラップ。

そのウサギちゃんたちが、アン女王にとっては子供の代用品だったということを考えると、この意味とは?っていうことですよね。で、そこからのエンドクレジット。非常にデザイン的に凝っていて、読みづらいこと著しいエンドクレジットがあって。そこに重なって、エルトン・ジョンの『Skyline Pigeon』という曲。「地平線の鳩」みたいなことかな。『Skyline Pigeon』という曲が流れてくる。

これの歌詞が、要は「あの人はもう行ってしまった」というのを飛び立てない立場から歌う、ような歌なので。これは、アン女王の最後の表情と重ねると、さらにズシーンと来るんじゃないでしょうかね。

みたいな感じで、ヨルゴス・ランティモス作品としては作家性も残しつつ、いちばん見やすい作品で……デート以外なら(笑)、わりと万人に勧めやすい作品なんじゃないかと思います。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。超楽しかった!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画はクリント・イーストウッド監督・主演作『運び屋』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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