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ハワイで120年も熱狂的に踊られている「ボンダンス」とそのルーツの福島を撮り続ける写真家・岩根愛さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
4月13日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、写真家の岩根愛さんをお迎えしました。ハワイの日系移民が受け継いでいる「ボンダンス」と、そのルーツである福島の盆踊りを撮り続け、その写真集が先月「木村伊兵衛写真賞」を受賞しました。


岩根さんは1975年、東京都生まれ。中学を卒業すると家出同然に一人で日本を飛び出し、アメリカ・カリフォルニア州のオルタナティブスクール「ペトロリア・ハイスクール」に入学(ヒッピー文化の中心だったフラワーチルドレンたちが自分たちの子供に教育を受けさせるために作った自給自足を旨とするもの)。ここで日本の写真家・内藤正敏の民俗学的な写真シリーズ「婆バクハツ!」を見て、職業として「写真家」を意識したそうです。卒業後、日本に戻ってカメラマンのアシスタントとなり、1996年に独立。それからは音楽関係の仕事(ライブ、CDジャケット、音楽雑誌などの撮影)を中心に活動していました。その頃はハワイや日系移民には興味を持っていなかったそうです。

岩根さんが初めてハワイを訪れたのは2006年の6月。サザンオールスターズの撮影の仕事でした。


「撮影が終わって、ハワイ島でいちばん古いハマクア浄土院というお寺に遊びに行ったんですよ。ハワイには仏教寺院が90ぐらいあるんです。それも知らなかったですし、そのお寺の裏手が荒れた草むらになっていて、そこをよく見てみたらボロボロになった墓石がぽつんとあったんです。私は家出してカリフォルニアに行っちゃったのでちゃんと勉強していなくて、ハワイ移民の歴史を全く知らなくて、そのお寺やお墓を見て日系人の存在を知ったんです。それにすごくびっくりしてしまって。もうボロボロであんまり墓石の字が見えなかったり、そのへんにある石ころが墓石になっていたり、歴史としては朽ちていくというか、忘れ去られそうな雰囲気のある場所になっていて。でもお墓ですからそこには来た人の名前とか出身地が書いてあって、それがすごく衝撃的でした」(岩根さん)

このお墓との出会いがあって、もっと日系人のことを知りたいと思った岩根さん。夏には「ボンダンス」があると聞いて、2ヵ月後にまたハワイ島を訪れました。ハワイの日系人の間では日本の盆踊りが「ボンダンス」と呼ばれ、100年以上も熱狂的に踊られているのです。


「ハワイで初めて見たボンダンスはいかがなものでした?」(久米さん)

「ハワイでは全国の盆踊りを30曲ぐらい、録音されたものを流すんです。それに合わせて踊る人たちというのが、みんな全曲ばっちり踊れるんですよ。その熱狂ぶりというか、あれだけの人数の人たちが踊りを完璧に踊りこなしていて、浴衣をすごくきれいに着こなしていて。しかも若い人たちが率先して踊る。全然、日本の盆踊りとは違うんです」(岩根さん)

「日本はお年寄りがメインで、若い人は見ているだけだったりしてね」(久米さん)

「若い人に踊ってもらうのになかなか苦労するというのがあると思うんですけど、ハワイはもう我先にみんな飛び込んで踊る。それで、いかにうまく踊れるかを見せたいというのがあって、レイヴ(ダンスミュージックを大音量で流して踊り続けるイベント)みたいな感じで。その踊りがすごく面白くて、私はそれにはまっちゃったというか。ハワイでは夏の3ヵ月間、各毎週末、各島のどこかのお寺でボンダンスがあるんです。それにいつか全部行きたいなと思ったんです」(岩根さん)

こうして岩根さんはハワイに通うようになりました。でも、ハワイのボンダンスのルーツが福島だということはその頃はほとんど意識していなかったと言います。岩根さんの中でハワイと福島がつながるきっかけは、2011年の東日本大震災でした。震災や福島第一原発事故で避難生活を送らざるを得なくなった人たちを支援するために、マウイ島の人たちがお金を出しあって、自分たちの家に東北の人たちを招いて3ヵ月間ホームステイで心を休めてもらうプロジェクトを立ち上げました。


「結構たくさんの東北の人たちがマウイに滞在していたんです。その中に福島の双葉郡から30人ぐらい中高生がいて、その子たちがボンダンスに遊びに来ていたんです。そこで『フクシマオンド』と呼ばれている生演奏の唄が流れたんですね。ボンダンスでは全部録音されたものを流すんですけど、唯一、全ての島で生演奏で行われているのがフクシマオンドなんです。そのフクシマオンドが始まったら、それまで隅っこにいた双葉の子たちが『わあ、この唄知ってる!』って言って、急に走って入ってきて、踊り始めたんです。フクシマオンドと呼ばれているその唄は、福島の双葉盆唄がルーツだったんです。その子たちは『もう盆踊りはできないと思っていから、ここで踊れるとは思わなかった。嬉しい』って言っていました」(岩根さん)

「ハワイで昔から踊り継がれているフクシマオンドを見た双葉郡の中高生が、『知ってる』って言って、踊りの輪の中に入ったんですか」(久米さん)

「そうなんです。それがなんていうか、すごく〝強烈な生き物〟を見たっていうか…」(岩根さん)

「なんなんだこれは、と」(久米さん)

「まず東京出身の私には聞いたらすぐに踊り出しちゃう唄なんてないし、それが双葉郡の10代の子たちにはあるということ。それから、その唄が福島から渡ってきたものなんだということ。そしてその100年以上前に来た唄がいまここにあるということ。その全部を一緒に目の前で見てしまったというか。それがすごく強烈な印象でした」(岩根さん)

なぜハワイの島々で福島の盆踊りが120年に渡って、唄い踊り継がれてきたのでしょうか。日本人の移民が最初にハワイに渡ったのは1868年。1885年からはサトウキビ農園の労働力がほしかったハワイ政府が明治政府に要請して「官約移民」と呼ばれる移民がやって来ます。主に山口や広島など西日本の人たちでした。それから15年後、東北や沖縄から新たな移民が来るようになりました。サトウキビ農園の辛い労働に耐えるため、移民たちは故郷の盆踊り唄を唄ったそうです。その中のひとつに福島の盆唄もありました。また、福島から来た人たちは方言や経済格差による差別を受け、団結を強めるために盆踊りに力を入れたとも言われています。


「岩根さんはフクシマオンドをハワイで見たのをきっかけに、今度は福島のほうの取材に行くわけですよね」(久米さん)

「そうなんです。私は福島には全く縁がなかったんですけど、ハワイで女の子たちが踊り始めたのを見て、この盆唄の故郷というのをすごく意識して。ハワイ経由で福島を意識したんです」(岩根さん)

「昔の移民の人たちと逆コースをたどったわけですね。それで、福島に行ってみたらいかがなものでした?」(久米さん)

「私はハワイで日本人のお墓を見て、移民の人たちがいちから切り拓いていったそのエネルギーに惹かれてハワイに通っていたんですけど、福島に通うようになって『移民たちが故郷に置いてきたもの』を感じるようになりました。それはそれまで自分がまったく知らなかったことに出会いましたね。盆唄とか盆踊りは土地とつながっているもので、福島の方たちは自分の身体と土がつながっている。一方で、ハワイの人たちはいま移民5世ぐらいになっているので、そういうことが分からない。実質的なつながりがない分、ひいおじいちゃんが言っていたことを守る。先祖の言葉とか言い伝えを頼りに、それを手がかりに、それをなるべく変えないというのが『伝統を守る』ことなんです」(岩根さん)

日系移民の人たちが福島をルーツとするフクシマオンドを踊り続けていることと、福島第一原発事故によって避難を強いられた双葉の人たちが故郷の双葉盆唄を保存しようとしていることは、同じなんだ…。岩根さんの中ですべてがつながりました。


それから岩根さんはハワイと福島の両方の取材を続けています。そして10万枚以上撮りためた写真を選りすぐって、去年(2018年)初の写真集『KIPUKA(キプカ)』を発表しました。キプカというのはハワイ語で、溶岩流に囲まれて島のように残された場所やそこに生えた植物のこと。そこから転じて「新しい命が生まれる場所」という意味もあるそうです。この写真集で岩根さんは先月、新人写真家の登竜門として知られる「木村伊兵衛写真賞」を受賞しました。


また岩根さんが橋渡しとなって福島・双葉町の人たちとハワイの日系移民人たちの交流も生まれました。その姿は『盆唄』というドキュメンタリー映画になって、現在公開中です(上映スケジュールなど詳しくは映画のオフィシャルサイトをご覧ください)。

「ハワイはいろんな移民の人たちがいて、他人の文化を尊重するというところがあるんです。人と違うことが当たり前というか、異なる文化が同化するのではなくて、まだらなまま存在している。それってすごくエネルギーのいることだと思うんですけど、そこがいいところだと思います」(岩根さん)

岩根愛さんのご感想


私は「ニュースステーション」を見て育っているので、久米さんとお話しできたその感動の中に今いるんです(笑)。

福島とハワイの写真集や映画って、私がずっと続けてきた中でいろんな要素がありすぎて。でもさすが久米さんで、お話ししているのが楽しかったです。

久米さんって、写真集をよく観る方なんですか? というのは、ご自分なりの写真の見方というものがちゃんとある方だと思って。写真集の見方っていうものがあると思うんですね。何度も見ることによって意味が変わってきたりとか、感じることも違ったりとか。久米さんは独特の見方があるなあと思いました。

久米さんがおっしゃったように、私は福島をハワイと結びつけたんじゃなくて、まずハワイがあってそれが福島と結び付いたので、そこを読み解いてくださってありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:岩根愛さん(写真家)を聴く

次回のゲストは、数学者・芳沢光雄さん

4月20日の「今週のスポットライト」には、数学者で桜美林大学教授の芳沢光雄(よしざわ・みつお)さんをお迎えします。長年、数学教育に情熱を注いでいて、かつてサイコロキャラメルが販売中止になったときには「子どもたちの数学教育のために絶対なくしてはいかん!」と涙を流してメーカーに訴えたほど熱い思いをお持ちの方。数学嫌いを増やし続ける日本の教育は根本から変えようと取り組んでいます。

2019年4月20日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190420140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)