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日比谷で見初められて大統領の妻に~デヴィ夫人

コシノジュンコ MASACA

2019年4月28日(日)放送
デヴィ夫人(part 2)
1940年日本生まれ。19歳のときに開発援助で向かったインドネシアで当時のスカルノ大統領と出会い、1862年に第3夫人に。その後軍事クーデターでパリへ亡命し、大統領の死後はビジネスやチャリティに積極的に取り組み、芸能活動でも幅広く活躍しています。

出水:デヴィ夫人は海外の国家元首の妻になった唯一の日本人女性で、正式なお名前はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ。これは結婚した時にいただいたお名前ですか?

デヴィ:結婚は1959年、19歳の時にイスラム教にのっとってしたんですけど、そのころはまだ母と弟が生きていたので、日本国籍を捨てないでいたんです。でも、母と弟が22の時に亡くなりまして、もう日本国民でいる理由はないわ、神様の啓示だわ、自由の身になって大統領だけに尽くしなさい、って言われたと思って、インドネシア国籍に変えたんです。その時に「根本七保子」から「ラトナ・サヴィ・デヴィ(宝石の聖なる女神)」という名前をいただきました。インドのサンスクリット語なんですけどね。

JK:だから宝石がお似合いなのね(笑)

デヴィ:おほほほ! 宝石は大好きですわ。

出水:そもそも大統領との出会いは、日比谷のスカラ座で映画を見る約束をしたことだそうですね?

デヴィ:あのころはモンゴメリー・クリストとエリザベス・テイラーの『愛情の花咲く樹(Raintree Country)』という映画がありまして、あれを見に行く約束をして、帝国ホテルのプルミエというレストランで……今の帝国ホテルじゃなくて、フランク・ロイド・ライトが建てたレンガ造りのころの。そこで待ち合わせしていたところ、スカルノ大統領のご一行が現れて見初められたというか(*^^*)

出水:それからインドネシアにぜひ来てほしいというお話があって?

デヴィ:最初は文通が3か月半ぐらい続いて、9月に2週間遊びに来ませんか?ということで。そのころ私、2人の外国人に求婚されてまして(^^)

出水:ええ~!

JK:忙しいわね! 19歳で?

出水:はい。私、小さいころに満天の星空を見て、「世界に飛び立ちたい」って思っていました。もちろん1人はアメリカの大きな会社の重役の方で、もう1人の方もフロリダで大きな農園を経営してらした方で。でも、早く結婚したほうが母と弟を楽にさせてあげられるかな~と迷ってたんです。

JK:両方とも富豪だからね。

デヴィ:最初は画家になりたかったんです。2歳ぐらいから絵が上手で、天才だって言われて本人もその気になって。でも私の絵の先生が男性の名前で絵を描いたんです。なぜかというと、あの頃は女流画家っていうのは作品に値段がつかなかったんですよ。だから画家で成功しても、母と弟を養うことができないんだと。じゃあ女優さんだったら学歴がなくてもいけるかもしれない、と思って、東映プロの二期生で入ってやってたんです。アルバイトで赤坂のコパカバーナで働いたり、花嫁修業もしなきゃいけないっていうんで日舞を習ったり、ダンスもいろいろやっていたり。三越劇場で初舞台を踏んで……

JK:それは日舞?

デヴィ:はい。、その1か月後に大統領にお会いして、お招きを受けたんです。もし外国に出ることができたら、すごいインスピレーションがあるかもしれないと思って。あの頃、日本人の女性がパスポートを取るとか飛行機に乗るとかっていうことはまず無かった!全然無かった!

JK:そうですね。独身女性で外国に行くっていうのはビザが下りなかった。行って向こうで結婚するんじゃないかと思って。それで行けなかった人が結構いるんですよ。

デヴィ:おんなじような時代に石井好子さんがアメリカに寄ってパリに行くのに3か月かかったって! 船で! そういう時代だったんです。まだプロペラですから。

出水:(@o@)

JK:人生でマサカだらけだろうけど、自分にとっての一番のマサカは何ですか?

デヴィ:やっぱり大統領にお会いしたことと、赤ちゃんを産んだ時と、大統領が亡くなった時かなぁ……

JK:亡くなった時、暴動がすごかったじゃないですか。

デヴィ:亡くなった時は、全国民がひれ伏して泣いてるっていう感じでしたね。

出水:なかなかパリから大統領に会いに行けなかったそうですね。

デヴィ:そうですね。その時私はパリにいて、私が帰るって言ったら周りの人間が「そんなことするなんてカリナちゃんにとって冒涜よ、殺されに行くんだから止めなさい」って言って。その時、私の人生はまたゼロになっても構わないわって。大統領あっての私だったのに、その大統領が亡くなった時に私が行かないなんていうのはありえない、って言って。

JK:行ったんですか?!

デヴィ:死を覚悟して行ったんです。シンガポールからジャカルタ行きの飛行機に乗った時に、「神様、もし私が撃たれて死ぬようなことがあったら、1秒でも2秒でも生かして、我が娘を我が手で殺す力を与えてください」って祈ってました。娘が敵中に落ちるなんて考えられなかった。私が撃たれて死ぬんだったら1~2秒でも生かしてください、我が子を我が手で殺めさせてください、っていう気持ちでした。

JK:すごい経験ね……こんな経験持っている人は他にいないわね。

出水:TV出演についてお話を伺おうと思うんですが、ロケでスカイダイビングや、いるかショーに出演されたり、ありとあらゆることにチャレンジしてますよね? その原動力はどこから来るんですか?

デヴィ:私もともとおてんば娘だったので、喜んで楽しくやってるんですよ。挑む心を失ったときが年取った証拠かなと思って。永遠に挑んでいきたいと思います(^^)

JK:これから挑戦したいことって何ですか?

デヴィ:私がしたいことはイモトさんが全部やっちゃってるんですよ! 行きたいところ、やりたいところ……彼女が私のライバルですよ(笑)

JK:ライバル! いいね~! でもライバルって思うだけでもすごいわ(笑)これはいるかですか? 練習するの?

デヴィ:もちろん! 毎回毎回失敗すると落っこちるわけですよ、プールに。で、岸まで泳いでまたやり直すわけです。こういう大きいプールですと、自分が落ちたときにできた波が淵にぶつかって戻ってくるから、よけい疲れる。だから本当に大変。やり遂げなかったらまた放り出されるのかと思って(^^;)結局3日目にできました。

JK:スカイダイビングでも、すごいのやったわね。

デヴィ:空中ブランコも!

JK:私見てたの。ひぇ~!っと思ったわ。だって死ぬかもしれないじゃないの!

出水:お断りになった企画はないんですか?

デヴィ:ないです!

出水:ないんですか?!

デヴィ:私も出川さんもできなかったのが、逆上がり。

出水:ははは(笑)

デヴィ:簡単そうに見えてねぇ……バンコクで4日間練習しましたよ、海辺で。でも2人もできなかった。

JK:出川さんってどんな人? いいコンビね(笑)

デヴィ:いや、すごい真面目に取り組む人ですよ。私が真面目ねっていうと「営業妨害だから言わないでくれ」って(笑)

出水:デヴィ夫人は2005年にNPOアース・エイド・ソサイエティを設立して、支援活動にも積極的に参加していますが、どんなNPOなんですか?

デヴィ:例えば、北朝鮮が飢餓で苦しんで何百万人という人が亡くなった。隣の国でこれだけ死者が出ているのに、何にも手を差し伸べないのはいけないと思って、120トンのお米を大連から平壌駅まで運んで、あちらの赤十字の方に渡したりとか。カシミール地方で大地震があった時も、2556枚と3500枚の毛布と防寒具をカシミール地方まで行って渡したりとか。東日本大震災のときは3日間かけて220か所回りました。そのうちの5か所は動物が保護されているところ。あとは難民を助ける会、日本赤十字社の活動をしたり。

JK:これはずっと長年続けてますよね。

デヴィ:20年やってますね。日本って、スキャンダルはニュースにするんだけど、いいことしているのは全然ニュースにならない。誰も知らない。スキャンダルしか取り上げないから。

JK:本当にそう思うわ。世界は今すごく不安定だから、すごく重要ですよね。私もデヴィさんが主宰するコンサートにサプライズというか。

デヴィ:そうね、恵まれない音楽家たちを支援する活動もやってます。こういう資本主義の社会だと、宣伝でいっちゃうわけですよ。財力がある人、いいスポンサーを持っている人は売り出してもらえるけど、お金のない人たちは全然売り出してもらえないので、恵まれない人たちの才能を認めて、コンサートで入賞した人たちをカーネギーホールに招いて、そのあと日本に来て紀尾井ホールとかバンコクとかクアラルンプールとかを回ります。

JK:携わった人は知ってるけど、一般にはまだまだ知られていないですものね。

出水:お忙しい日々ですが、オフの時はどんな息抜きをしているんですか?

デヴィ:お花をいじってるか、ワンちゃんと遊んでます。あとは絵を描いてる。

出水:お花と言うのは、活け花?

デヴィ:私ほうぼうからお花をいっぱいいただくんですよ、足の踏み場もないくらいお花が集まって。夜中だろうと、ひとつひとつ茎を洗ってあげて、水切りするんです。だからうちに来たお花は何週間ももちますよ!

出水:寝てらっしゃいます?(^^)

デヴィ:4時間半ぐらいね。

JK:すごーい。なんかケアしてます?

デヴィ:1日中眠いですよ、私(笑)でもねえ、朝目が覚めちゃうんですよ。年取った証拠なのかしら。そのあと眠れなくって。ニュースを見て。でも2時間とか時間が空いてるときがありますよね、そうすると何か入れちゃうんです。のんびりできない性質なんですね。1日中動き回ってないと。

JK:だから元気なのよ。病気してるって聞いたことないもの。

デヴィ:私、病気をしている時間がなかったのよ。おほほほ(^^)

出水:今日はデヴィ夫人の上品な鞭に撃たれたような気分です!

=OA楽曲=
M1. Nothing But The Best / Frank Sinatra

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。