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RPGにおけるキャラクターの役割とは? 小説家・大沢在昌が語るドラクエとFFの違い

ライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ

■ドラクエ、FF、それぞれのキャラクターの肉付けの違い

「マイゲーム・マイライフ」の今回のゲストは、小説家の大沢在昌さんです。久しぶりに来ました、ドラクエ派。大人になってからドラクエを始めたため(最初はドラクエ7)、ファミコンの「ふっかつのじゅもん」などは経験してこなかったものの、さすがは小説家、物語を作るプロならではの考察が満載でした。今回の放送を聞いて、ドラクエをドラクエたらしめるもの、その対比としてFFをFFたらしめるもの、それぞれがはっきりと見えたような気がします。


大沢「やっぱりストーリー性でしょうね。それまでゲームっていうものとちゃんとやってなくて、もっと単純な、切った貼っただけのゲームだと思っていたら、特にこの頃くらいからドラクエもストーリー性が豊かになってきますから、物語の変化というのに驚きましたし。小説というのは、作り手が読み手に物語を提供していくものですけれども、ゲームの場合は読み手であると同時に、プレイヤーが先へ進まなければ、次の物語が始まっていかない」

宇多丸「紡いでいく」

大沢「そこですね。紡ぐというか、ドアが開けられない、ということですよね。新しい物語の展開を知りたかったらドアを開けなさい。ドアを開けたかったらレベルアップが必要になる。その流れというのがすごく新鮮で。小説はそういうことが起きないわけですから。そういう意味で面白いなって。
その一方で、ドラクエと並行してFFもやるんですけど、FFはやっぱり7までで、それ以降はあまりにも主人公の要素が多くなりすぎて、これは小説とかで語るべきことで、ゲームで語ることじゃないんじゃないのかな、と」

宇多丸「ああー、へえー、面白い」

大沢「その昔、僕の同業者で花村萬月という作家が――彼もゲーム好きだったんですけど、FFをやりながら、俺はお前にそんなに人生を語ってほしくないんだよってゲーム機に向かって言ったって(笑)。確かにそういう気持ちにはなりますよね」


宇多丸「ストーリー性と、ゲームならではの部分のバランスが」

大沢「難しいんですよ。主人公のキャラクター性というのは重要なんですけど。小説だと主人公のキャラクターとストーリーは両輪なのですが、ゲームの場合、あまりにキャラクターに肉付けをすると、それが好きな人もいれば、嫌いな人もいる。私はどちらかというと、ドラクエのようにね。(ドラクエって)主人公まったく喋らないじゃないですか。その分、より自分を仮託できるので、そっちのほうがより好きですね」

宇多丸「ああー」


大沢「それを、例えば、父親とのトラウマを抱えているとかなると、お前はそうかもしれないけど、俺は違うってやっぱりなりますね」

宇多丸「その、自分を仮託できるプレイヤーキャラクターがいいのか、全然違う絵空事のキャラクターに憧れたり」

大沢「それはもう、(好みが)分かれるところで。ドラクエ派かFF派か」

宇多丸「それですね、まさに。この番組ちなみに、お越しいただくゲストの方は、なぜかね、僕もうちょっと拮抗するかと思ったんですけど、圧倒的にファイナルファンタジー派が多いんですよね。ある世代から。特にやっぱり女性は」


大沢「画像なのかな。絵がキレイだから。見せるじゃないですか、すごく。FFの場合は。ドラクエっていうのは、あまり極端な絵を見せない。映画を見紛うような画面ではないので。そこの差でしょうね。そこをゲームに求めているかどうかで」

これ、非常に納得感のあるドラクエ・FF論です。キャラクターが肉付けされているFFと、あえて肉付けしていないところのあるドラクエ。確かに思い返してみると、過去に番組でFFを熱く語っていらしたゲストの方々は、ほぼみんなもれなくキャラクターについての話をしていたように思います。やれあのキャラクターがカッコいい、あのキャラクターになりたかった、などなど……。例えば、「セフィロスー!!!」と、ある特定のキャラクターの名前を挙げて絶叫するような形の熱のこもり方。ストーリーについてを語ることもあれど、そのストーリー語りには必ず何らかのキャラクターの輪郭がついて回っていました。ドラクエと比べて比較的早い時代から映像が凝っていたことも、キャラクターの魅力に繋がりやすかったと言えます。
一方で、ドラクエ派の面々は、キャラクターについてを掘り下げて語ることは少なく、あくまでも主眼はストーリーにあります。ドラクエを代表するビアンカやフローラについても、その魅力として一番に挙げられるのは彼女たちのキャラクターや容姿についてではありません。それよりも、「結婚して子どもが産まれ、親子三世代に渡る“物語”」、「結婚相手にどちらを選ぶか悩む“自分”」がメインです。
言うなれば、FFは「推し語り」、ドラクエは「俺語り」ということなのかもしれません。推しキャラクターに熱狂し、推しの身に起こる物語に寄り添うのがFF。そして、キャラクターはあくまでもストーリーを紡ぐためのコマであり、プレイヤーが自己投影をする中であらゆる選択において感情を乱されるのがドラクエ。
これはもしかすると、今回の大沢さんのトークのおかげで、ドラクエ・FF論の終着駅と言ってもいいくらいのところまで来てしまったかもしれません。ドラクエ派もFF派も、必聴回です!

ライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ

■今回のピックアップ・フレーズ

(大沢さんがドラクエ7にハマったときの話)

大沢「攻略本が出ていればいいけど、出てないとひたすらうろうろうろうろして、結局、元担当(編集)者がいるVジャンプの編集部に電話して、『ここで詰まってるんだけど教えてくれ!』ってかなり無茶な裏ワザを使って(笑)」

文/朝井麻由美(ライター、コラムニスト)

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