お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • お知らせ
  • 放送ログ
  • 音声あり

宇多丸、『ザ・フォーリナー 復讐者』を語る!【映画評書き起こし 2019.5.24放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:

ということで、ここからは私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、『ザ・フォーリナー/復讐者』。「フォーリナー(Foreigner)」っていうのは「外国人」ですよね。原題通りのタイトルでございます。ということで、ジャッキー・チェンとピアース・ブロスナンが共演したサスペンスアクション。

ロンドンで静かに暮らすクァン(ジャッキー・チェン)の娘がある日、無差別テロによって殺されてしまう。犯人を捜すクァンは北アイルランドの副首相ヘネシーが鍵を握っていることに気づき、かつて所属していた特殊部隊仕込みのスキルで復讐を開始する……。監督は007 ゴールデンアイ』や『カジノ・ロワイヤル』『復讐捜査線』『グリーン・ランタン』などなどのマーティン・キャンベルでございます。

ということでこの『ザ・フォーリナー/復讐者』を見たというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「少なめ」。ああ、そうですか。ジャッキー・チェン総選挙では非常に好評だったんですけどね、残念だな。ただし、賛否の比率は賛(褒め)が8割、その他の方が2割。

主な褒める意見としては「ただのアクション映画ではなく、ポリティカルサスペンスとても見応えあり」「一筋縄ではいかないストーリーと、抑えめながらもジャッキーテイスト溢れるアクションをまとめ上げたマーティン・キャンベル監督の手腕に拍手」「ジャッキー映画で初めて涙した」とかですね。「ジャッキーばかりがフィーチャーされているが、ピアース・ブロスナンの重厚な演技も見事」などもございました。否定的な意見としては、「ジャッキーがいることで映画のリアリティが失われている」「シリアスな内容だっただけに、エンディングに流れるジャッキーの歌声が余計だった」等の意見もございました。

 

■「とにかくエグくて最高に面白い!」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。「オムライス食べ太郎」さん。「『ザ・フォーリナー/復讐者』をウォッチしてきました。ゴールデンウィーク中の新宿ピカデリーだったので、客席は8割方埋まっていました。『ナメてたジャッキー・チェンが殺人者』という触れ込みだったので、リーアム・ニーソンの『96時間』ぐらいの感じを想像していたのですが、もっと地味で生々しいというか、これまでのジャッキー映画のコミカルさとの温度差も相まって、とにかくエグいけど最高に面白かったです! 冒頭は、爆弾テロにより目の前で娘を失ったよぼよぼ親父のジャッキーが悲壮な顔をして、諦め悪く警察やアイランド副首相のピアース・ブロスナンに突っかかるだけでどうなるかと思ってたのですが……」。

しかも、ここのくだりは、ジャッキーがちょっとどうかと思うぐらいよちよち歩きっていうか、ちょっと歩き方もおぼつかないような感じなのね。「……ですが、いざ実力行使を始めると、テロリストと大差ないヤバさを発揮し始める。というか、ほぼテロリスト。コミカルなアクションは無しで、ベトナム仕込みのブービートラップの数々。いつの間にか部屋に侵入しての脅迫、襲撃などとにかく生々しい展開。一方で、ナイフに対して着ているパーカーと木の枝をうまく使って戦い、絞め落とすなど、その場にある物で工夫して戦うジャッキーっぽい部分もちゃんとあるのに、笑えませんでした」という。

これはその、おかしい感じ、コミカルな感じになっていなかったということで、褒めているんですしょうね。「……ピアース・ブロスナン演じる副首相も、この件についてはとばっちりと言えばとばっちりなのですが、結局これまでのツケを払わされているだけなので仕方ないって感じです。社会的に抹殺されても同情しなくて済みました。というか、この映画に善良な人ってほぼ出ていないので、登場人物がひどい目にあってもそんなにキツくはなかったです。またアクションの連続ではなく、悲壮感漂うジャッキー・チェンの演技力を見せつけられ、ここに来て新境地を見せてくれる凄みを感じました」というオムライス食べ太郎さん。

一方、「ジャイアントあつひこ」さん。こちらはダメだったという方。「正直、残念でした。元も子もないことを言うようですが、この映画の主演がジャッキーである必要があったのか? というのがいちばんの感想です。北アイルランドとイギリス間にある確執によって引き起こされるテロがストーリーの主軸で、そのテロを起こした組織の内部抗争部分がいちばんの面白ポイントとして転換していくのに、そこで主人公の動きをするのが、政治的いがみ合いとは関係のない、娘がテロに巻き込まれて復讐したいだけの中華系の父親。この映画のいちばんの違和感は、コメディーじゃないジャッキーの違和感というよりも、この被害者遺族の父親が中華系移民である必要性の無さにある」。これはね、この映画のそこの描写が、スッと済まされるっていうところに起因すると思います。これは後ほど言いますね。実はこれ、すごく意味があると僕は思っているんですけども。

……ご時世柄、そういう考えは古いというのであれば、逆になぜこの映画でジャッキーを主役にしたかったのか、ということにもなってきます。ジャッキーのいちばんのアイデンティティである、アクションをおちゃめに消化してみせる能力を一切封印した演技とアクションを使ってないのであれば、それこそもっと冷酷無比な殺人鬼みたいなキャラが似合う役者さんにしたほうが映画的にも変な違和感が生まれず、もっと映画が深くなったのではないでしょうか」。まあ違和感がね、部分部分であるのは、これも後ほど言いますけど、理由があるんですね。

……そのくせジャッキーに山の中での無駄な訓練シーンを入れてみたり、ランボーみたいなことをさせたりして、映画の主軸から離れすぎたただのファンサービスみたいなシーンの数々に、どこか虚しさみたいなものを感じてしまいました」。これはね、この人がこういう風に感じるのには、やっぱりそれなりに理由がある。そう感じるのもわかる、っていう感じなんですけどね。

 

■1本の映画として出来がいいジャッキー映画

ということで『ザ・フォーリナー/復讐者』、私も新宿ピカデリーで、ガチャが当たる前にね、もう矢も盾もたまらず、計2回見てきたのと、あとは実は、輸入ブルーレイが既に出ておりまして。こちらは「インターナショナル版」ということで、つまり、いま日本で公開されているのは実は、諸々、結構違うところがある「中国公開版」なんですね。というのを、『映画秘宝』のギンティ小林さんの記事で知って。なので、現在我々が見れるのは、110分の中国・日本公開版。インターナショナル公開版は114分ある、っていうことです。で、僕もこの機会に比べて見てみた。で、これがまた結構ですね、変えているところはわずかなんだけど、結構印象が変わるバージョン違いだったので、詳しくは後ほど、追い追い話していこうと思いますが。

ジャッキー・チェン主演映画、この映画時評コーナーでは、これまで結局、前の番組時代、2010821日に、『ベスト・キッド』のリメイク版が、当時はサイコロで当たっただけなんですけども。まあ、改めてジャッキー映画、説明するまでもないですね。58日、僕のお休み中にこの番組でやった、ジャッキー・チェン総選挙。これのベストテンがね、本当にバランスのいい並びだったので。まあビギナーの方は、そちらをぜひ参考にしていただきたいんですけども。

ともあれ、その総選挙でですね、ゆうに40年以上に渡るキャリア、無数の作品があるジャッキーの中で、最新作にして堂々の第8位入りを果たしたのが、この『ザ・フォーリナー』、というね。で、ジャッキー通の出演者の皆さんが口を揃えて、「近年のジャッキー主演作としては珍しく、久々に単体の映画としてもちゃんとしてる」と。ジャッキー映画としてじゃなくて、1本の映画としても出来がちゃんとしてる久々の映画だ、なんてことをね――じゃあ、他はどうなんだ?っていう話もありますけども(笑)――おっしゃっておりましたが。

原作は1992年、結構前なんですね、スティーヴン・レザーさんという方が出した小説『チャイナマン』という、これ日本でも新潮文庫版が96年に出てたんですけど、いまはもう絶版で、古本でも結構それなりの、まあまあの値段がついてる感じで。だから結構、映画化に時間がかかった……どうやらずいぶん寝かされてた企画っていうことみたいですね。で、僕もこの機会に原作本も手に入れて読んだんですけど、映画版と比較すると、まあ今回の映画版もかなりドライで突き放した話なんだけど、さらにいろいろと突き放したタッチの群像劇でもあって、とにかく顛末がハードで救いがない、っていう話なんですけど。特にエンディング周りとか、びっくりするぐらいの救いのなさなんですけど。

 

■この世の不公平を一身に押し付けられてきた過去を持つ主人公

で、特にですね、映画版ではフラッシュバックでの回想と、あと伏字と墨だらけの経歴書などでそれとなく暗示されている、主人公の悲惨な過去。主人公がどんな人生を歩んできたかっていうのが、まあ原作では当然かなり掘り下げられていて。要はこういうことですね。原作小説だと中国系ベトナム人……映画ではベトナム国境近くの広西チワン族自治区出身、ということになってますね。とにかく、ベトナム寄りの中国人、みたいな感じ。

で、これはセリフでもちょろっと言ってましたけど、ベトナム戦争で戦って……しかも、この人の立場がすごく複雑で。最初はベトナム戦争で、北ベトナム軍のベトコンゲリラとして殺人技術を身につけたんだけど、その後にお父さんが内ゲバというか内輪もめで殺されちゃったのをきっかけに、南ベトナム軍に投降して、今度はアメリカ軍の特殊部隊で活動する。この、アメリカ軍特殊部隊っていうところは、劇中でもはっきりと言っていましたよね。

で、活動をするんだけど、これは小説ではっきりと書いてるところで、「戦争が終わったらアメリカに逃してやる」っていう約束が反故にされて……要するに、アメリカ軍が撤退しちゃって、家族と残されちゃって。それで北ベトナム軍の捕虜になって拷問されて、やっと何年か後に家族と再会して、ボートで亡命しようとする。

だけど、海上で今度はタイの海賊に襲われて、13歳の双子の娘たち……これは映像でも示されてましたけど、結構大きくなった娘たちが2人いたのを、海賊たちに目の前でさらわれて。まあ、おそらく彼女たちは慰み者になって、もう生きてもいないのかな、というような感じ。目の前で娘をさらわれて、自分も撃たれちゃう。

要は、彼という存在は、この世界が抱える負の要素、たとえば国家間とかイデオロギー間のゴタゴタみたいな、そういう負の要素を、一身に押し付けられてきた存在。そういうのに翻弄されてきて、しかも特にひどい目にだけ集中してあってきた。だからイデオロギー、立場が変わっても、それぞれのところでまたひどい目にあう、っていう人なわけですね。

で、このことは、彼が今回の劇中で対峙し続ける相手たち、組織との対比にも、実はなっている設定だと思うので。映画では、さっき言ったように、描写としては長くない……まあ一応言ってはいるんですけど、長くないあたりではあるんだけど。とにかく彼にはそういう重すぎる過去がある、この世の不公平を一身に押し付けられてきたような人なんだっていうことを、ぜひちょっと頭の片隅に置いて見ると、よりこの映画は、ドスンと腹にくるようになるんじゃないかと思います。

 

■抑制の効いたマーティン・キャンベル監督の演出が冴える

脚本のデビッド・マルコーニさん。『エネミー・オブ・アメリカ』とかね、あとは『ダイ・ハード4.0』のストーリー原案とか、まあ、まあ……っていう感じの作品をやっているような人ですけども。この人の脚本、原作を整理して見せ場を増やして……っていうのを、映画版としてはまあまあ穏当な感じのバランスでやってると思います。で、とにかくですね、娘2人とも生き別れて、命からがらイギリスにたどり着いて……要は「アメリカには裏切られたので、アメリカ以外ならどこでもいい」って、イギリスにたどり着いて。ロンドンに定住して、ようやく平穏を手に入れた主人公クァン。原作とは異なり、奥さんとも死別をして、たった1人残った三女ですね、娘さんの成長だけが生き甲斐、というようなお父さん。

そんな彼と娘がある日、ロンドンでの爆破テロに巻き込まれてしまう。ここまでの日常描写もですね、たとえばまず最初のショット。皆さん、覚えてますかね? 最初のショット。学校の建物の出入り口を、真上に近い位置から、ちょっとシュールな画角で撮っていて。最初、鳩が入口から1羽出てきて、飛ぶんです。おそらくあれはCGで足しているんだと思うんだけど。で、その後から人がぞろぞろと出てくるっていう。なんでこんなショットから始めるの?っていう。すごい、何も起こっていないのに、なんともしれない緊張感がただようショットから始まったり。

あるいは、肝心の爆破が起こる直前までの、ミスリードを含めた、非常にスマートな緩急のリズムの付け方。車がドン!ってぶつかって、中から強面の男が出てきて、っていうほうに気を取られていたら……っていう、あの緩急のリズムのつけ方。すごく上手いです。あと、その手前のところ。主人公ジャッキーのちょっとした表情の変化。娘を見送って、娘が人のためにドアを開けてあげるところを見て、要するに「(いい娘に育ったな)」って感慨じゃないですか。こういうドラマ性を、ちょっとした表情だけで深めていく。非常に抑制の効いた、タイトな演出力がうかがえる。さすがマーティン・キャンベル監督と言うべきか。

まあ2011年の『グリーン・ランタン』がですね、自他共に認める大失敗作だったっていうことでですね、しばらく劇場用長編映画から遠ざかっていた方なんですが。元はと言えば、特にやはり、今回も出演しているピアース・ブロスナンが初めてジェームズ・ボンド役を演じた007 ゴールデンアイ』95年。そしてやはり、ダニエル・クレイグが初めてジェームズ・ボンドを演じた007 カジノ・ロワイヤル』2006年。この二作で、ある意味二度も『007』を蘇らせた立役者――もう結構偉い人って言っていいと思うんだよね――であり。

あと、今回の『ザ・フォーリナー』に連なる路線で言えば、2010年の、僕も大好きな映画……このマーティン・キャンベルさんの出世作であるテレビシリーズで、『刑事ロニー・クレイブン』っていう1980年代のテレビシリーズがあって、それをメル・ギブソン主演でもう1回、セルフリメイクして映画化した『復讐捜査線(Edge of Darkness)』。こういうド渋な傑作もあったりしてですね。(『復讐捜査線』で印象的に出てくる)「放射能入りミルク」ですよ!

 

■中国公開版とインターナショナル版との違いとは?

まあ、要はこれに共通しているのは、初老を迎えた往年の男性アクションスターが、全編暗い目をして、ドライに突き進むハードな復讐劇。個人的には、いちばんの大好物!っていうことですけどね。あと、暗い目をしたジャッキーが、異国で、「外国人」として、なんかすごく居心地悪そうに事件に巻き込まれていく、っていうのでは、僕は『新宿インシデント』2009年の作品、これ、ジャッキー映画としてはジャッキーがあんまりアクションをしないのであれですけども、すごく好きな映画なんですが、これなんかも思い出しました。

で、そういうようなお話を、奇を衒わず、余計なことをせず、タイトに、リアルに、しかし実は随所にハッとさせられる匠の技もさりげなく織り込みつつ、という感じで、まさに職人芸の手際で、いぶし銀に仕上げてみせる。まさしく今回のような題材こそが、実際のところマーティン・キャンベルさんはいちばんの得意なあたりなんですね。だから今回は、「ああ、この題材でマーティン・キャンベルなら、いいに決まっている!」っていう感じ。

で、とにかく爆破テロが起こりました。ジャッキー演じる主人公クァンの娘も死んでしまう。で、彼が悲嘆にくれるところを、第三者の目を通して、ちょっと距離を置いたところから見てるっていう。これもやっぱり非常に品がいいですね。愁嘆場とはちょっと距離を置いてみせる感じ、これもいいですね。で、当然のことながら彼は警察に、「犯人、絶対捕まえてくださいね。罰してくださいね」っていう風にお願いする。まあ、当然ですよね。この時点では、みんな同情しかない、っていう感じなんですけど。

ただ、事件の背後にいると思しき組織が、報道などでも名指しされてにもかかわらず、捜査が進展する気配は一向になく……で、ここでですね。冒頭で言った、日本で公開されている中国公開版と、インターナショナル版、他の国で公開されてるバージョン。ちょっとした部分ではあるんだけど、意味的には実は決して小さくない改変が、早速ここで浮上するんですね。原作小説でも、このインターナショナル版でも、今回の爆破テロの背景にいると思しき組織、ピアース・ブロスナンが元々いた組織ってのは、はっきりIRA(アイルランド共和軍)」なんですよ。

セリフでもテレビのニュース画面でも、IRAってはっきり言っているわけですよね。もちろんIRAは実在の、アイルランド独立のために活動している組織ですね。で、ピアース・ブロスナン演じている元活動家の政治家、リーアム・ヘネシーっていうキャラクターにも、はっきり実在の人物のモデルがいたりするっていう、そういう話なんですよ。

一方でね、僕らが見た中国・日本公開版は、その組織、アイルランドの独立を目指して長年過激な闘争を繰り広げてきたっていうところは同じだけど、名称がUDI」という架空の名前になっている。で、セリフも一部、明らかにリップシンクが合っていないにもかかわらず、UDIと置き換えられていたり。ニュース画面のテロップなんかも、UDIと置き換えられている。これって要するに、現実の世界情勢との生々しいリンクとかシンクロを薄めた格好っていうか、政治性を薄める、っていう意図ですよね。

これはですね、僕は、さっき言ったような主人公のバックボーン……つまり、イデオロギー同士の対立、政治的な対立の「駒」として扱われ、そして人生を翻弄され続けてきた、そしてその負のしわ寄せだけを受け続けていた存在との対比、という意味で、IRAという実在の団体の歴史、こじれにこじれた現実の世界の問題、という部分がぼかされてしまったのは、はっきり言って、作品的完成度として、少なくとも個人的には、はっきりマイナスな部分じゃないかな、と思う次第ですね。

なので、彼がベトナム系中国人であるっていうことには、意味があるんです。で、まあ中国で公開する際にいろいろハードルがある、っていうのはあるのかもしれませんが。

 

■お前らがナメてるそのアジア人のおじいちゃん……それ、ジャッキー・チェンだからな!

で、ちなみにその元々IRAだった組織側の描写も、インターナショナル版では少しだけ長くなったりしてます。ともあれ、そのUDIことIRA出身の政治家ピアース・ブロスナン演じるリーアム・ヘネシーに、ジャッキー演じる主人公は狙いを定めて。最初はごくごく下手(したて)に、でも実のところ一歩も引かないしぶとさで、「犯人の名前を教えて。教えてくださいよ。それがいま無理なら、教えてくれそうな人の名前を教えてくださいよ」って。「名前、名前……」って、教えてくれないのに食い下がっていく。

ここで、パッと見は風采の上がらない初老のちっこいアジア男(チャイナマン)だから、まあヘネシー他全員、基本的に彼をナメている。ここがポイントですよね。言うてもUDIことIRA、巨大な組織ですし、暴力的な実力もある。こんなおっさんひとりなど、当然無力に等しいと決めつけてかかってる。だからこそ、「きっと、気が変わると思います」「変わるか、ボケ!」からの……ドーン!(という爆発音) 「なんだなんだなんだ?」(ジリリリン、ジリリリン、ガチャッ)「気、変わりました? 名前、教えてください」。ゾ~ッ!っていう。

もはや言うまでもなく、本作はまさしく、ギンティ小林さん命名「ナメてた相手が殺人マシンでした映画」の、王道を行く1本でもある。特に今回の場合、「老いた小柄なアジア人男性」っていうのは、特にハリウッド的な映画エンターテイメントの中では、いちばん軽んじられがちな存在なわけですよね。アジア人男性っていうのは(欧米の映画の中で)すごく軽んじられがちな存在だった、っていうのをね、『クレイジー・リッチ!』評の中でも言いましたけども。それが効いている。

しかもそれが、「小柄で初老のアジア人男性」って……それって、ジャッキー・チェンじゃん!っていう。小柄で初老のアジア人男性なんだけど、ジャッキー・チェンでもある、というこのギャップがカタルシスを生む、という点で、僕、ジャッキー・チェンというキャスティングは、超絶妙だと思ったんですよ。だから見ている側は、「たしかに小柄で初老のアジア人男性……お前らがナメる要素満載だけど、それ、ジャッキー・チェンだからな!」っていうことでね(笑)。

なので、本作のアクションシーンはですね、監督マーティン・キャンベルらしい無駄のないリアルさと、あとはジャッキー自らが間違いなく振り付け・演出もしているであろう、ジャッキー的な軽業感込みのファイトスタイル。その両者の、絶妙な折衷でできているわけですね。あと、これは総選挙でも言及されてましたけど、クリフ・マルティネスさん、『ドライヴ』とかの音楽もやっている彼の、非常にミニマムなデジタルミュージックが非常にまた、ジャッキー映画にとって新鮮な、クールなバイブスを出していて。これも非常に大きいと思いますが。

 

■見比べると差が出る中国公開版とインターナショナル版

たとえば最初のアクション見せ場。宿屋に追っ手が急襲してきてからの格闘、そして脱出劇というところ。屋根の斜面を滑り落ちながら下の階のパイプにバッとつかまるような一連の流れ、そして階段を使った落下……ねえ。あの落下スタイルの、「うわっ、痛そう!」っていう身体を張っている感、まあ、モロにジャッキー感と、でも同時に、リアルな逃走劇でもありますから。リアルさもすごく両立しているあの脱出劇。すごくよくできたアクションシーンだと思いますし。

あと一方で、森の中でのね、追っ手返り討ちブービートラップの数々。まあ『ランボー』的なんだけど、ランボーよりさらに、「敵の自滅を誘う」型の罠ですよね。だから非常にドライで、リアルな感じがする。ただここもですね、中国・日本公開版は、突如始まるジャッキーの訓練シーン……明らかにこれ、後から付け足したような合成感もある、特訓シーン。これ、中国・日本公開版だけなんですよ。あと、後半に出てくるタイマンナイフ対決も、あの、枝を両手にはめてそれを即席武器にする、というあれも、中国・日本公開版だけにある展開なんですね。若干全体のトーンからは浮いた、荒唐無稽感が強めになっている。これ、「ジャッキー映画としては正解」なんだけど……っていう。

で、インターナショナル版は、そのナイフ対決の顛末も、よりドライっていうか、やはり敵の自滅を誘う型で勝つかたちになっていて。やっぱりそっちの方が筋は通っている、っていう感じなんですよね。あと、クライマックスの爆弾テロ実行犯との室内バトルも、そんなに大きくは変わってないんだけど、日本・中国版は、1ヶ所、これぞジャッキー!っていう1アクションが……まあ連続パンチが挟み込まれているので。まあ「ジャッキー映画」を見たくて来た人の満足度はこっちの方が当然、上がるとは思うんですけども。

あとまあエンディングも、やってる顛末そのものは同じなんだけど、ニュアンスがだいぶ異なる。要は、まあ見たなら人わかると思いますが、あの「赤い点」は、インターナショナル版にはないんですね。赤い点がフッと浮き上がって消える、あれがないんですね。やはり日本・中国版の方がより派手で、荒唐無稽度が上がっている、という感じ。あと、(日本・中国版は)エンドロールに当然、ジャッキーの歌がつくというジャッキー印ね。これも本当に、そのマーティン・キャンベルの映画として考えると、ちょっと浮いている部分。

個人的にはやっぱり、マーティン・キャンベル監督作としての一貫性があるインターナショナル版の方が、やっぱり1本の映画としては完成度は高いと思います。これはソフトなどでね、改めて皆さん見れるといいですけどね。

 

■ここに来て誕生したジャッキー・チェン、新たな傑作!

でも、いずれにせよですね、僕は、老境ジャッキーだからこその重み・深みのある「ナメてた相手が殺人マシンでした物」として、非常に絶妙なところを狙ってきたなと思いますし。マーティン・キャンベルらしい、いぶし銀のドライでタイトな犯罪アクションとしても、期待値を余裕で超える面白さですし。

あと、政治劇としても実は味わい深さがある。言っちゃえばこの主人公というかね、主要登場人物2人はどちらも、自らの過去の暴力性と再び向き合うことにならざるを得ない、対照的な人生を歩んできた2人の男の話ですよね。でもこの2人の男の人生、「じゃあ、どこでどうすればよかったって言うんだよ?」っていう。この2人には、実は選択肢がどこにもないんですよね。

という2人の鏡像関係の話、っていう風に考えると、いい意味で、カタルシスがそこまで明快にない着地でもあるんですよね。それがまた渋い!っていうことでもあってね。僕はやっぱりね、ジャッキー・チェンはここに来てまた、傑作をひとつ増やしたな、と思います。まあ、マーティン・キャンベルの復活作としても非常に嬉しかったですし。『ザ・フォーリナー/復讐者』、非常に面白かったです。ぜひぜひこういう映画こそ、劇場でリアルタイムでウォッチしてください!

(来週の課題映画は『アメリカン・アニマルズ』……のカプセルが出たものの、自腹で1万円払って回避した結果『名探偵ピカチュウ』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

++++++++++++++++++++++++++++++