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宇多丸、『名探偵ピカチュウ』を語る!【映画評書き起こし 2019.5.31放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品……『名探偵ピカチュウ』 世界的人気を誇る日本のテレビゲーム『ポケットモンスター』シリーズの1本、『名探偵ピカチュウ』をハリウッドで実写映画化。「ポケモン好き」をちょっと卒業した感もあった青年ティムは、事故で亡くなった父ハリーが暮らしていた人間とポケモンが共存する街ライムシティを訪れる。そこで人間の言葉を話すポケモン、ピカチュウと出会い、共に父の死の謎に迫る。

名探偵ピカチュウの声を担当したのは、『デッドプール』のライアン・レイノルズ。主人公のティム役に『ジュラシック・ワールド/炎の王国』のジャスティス・スミス。また日本からは渡辺謙が出演。監督は『シャーク・テイル』や『ガリバー旅行記』。あとは『モンスターVSエイリアン』とかね、あとは後ほど言いますけども、『グースバンプス モンスターと秘密の書』とかを撮ったロブ・レターマンさんでございます。

ということでこの作品を見たというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)を多数、メールでいただいております。メールの量は、「非常に多い」です。まあ、本当にやっぱりポケモンはもう、さっきもオープニングでも言いましたけど、「ポケモン世代」っていう言い方があまり意味をなさないぐらい、本当に広く長く広範にわたって、コンテンツとして深く文化的影響を与え続けてますからね。まあ、多いのも納得かもしれません。

賛否の比率は「褒め」が6割。その他が4割。主な褒める意見としては「企画を聞いた時は心配していたが、いざ見たら面白かった」「夢見ていたポケモンの世界が見事に表現されていて感動」「突っ込みどころなど気になるところもあるが、ピカチュウがかわいいのでオールOK」「(舞台となる街)ライムシティのビジュアルも素晴らしかった」「親子物、バディ物としてもよくできていた」などの意見がございました。否定的な意見としては「ストーリーが杜撰すぎる」「キャラクターがみんな魅力的じゃない」「あまりにもつまらなくて怒りと憎悪の涙が出た」というね、思い入れが強い方のなかには、そういう方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

■「『この世界にポケモンがいたら』という夢想が形に。この原作を選んだ計画性を勝算したい」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。「イヤマン」さん。「『名探偵ピカチュウ』をウォッチしてきました。ストーリーに隙はあると思いますが、的確な題材選びを賞賛したいです。ポケモンのゲーム本編やアニメは世界観のフィクション度が高く、実写化は難しいです。少しでも“普通の街角”のような画が映ればポケモンの世界だと信じられません。その点、ゲーム『名探偵ピカチュウ』の舞台は、比較的現実に近い世界。“普通の街角”にポケモンがいてこその題材なのです。

実写版『名探偵ピカチュウ』でも街角のポケモンたちがいちいちたまりません。カビゴンが路上で寝ちゃってる、オクタンが屋台でなんか焼いてる……等身大のぬいぐるみに触れたり、ポケモンGOを遊ぶ時にファンの頭に浮かぶ『この世界にポケモンがいたら』という夢想が形になっているのです。『名探偵ピカチュウ』なら作れるし、グッとくるという計画性と、ファンへのまなざしを備えた的確な実写化だと思います」という、ファンがずっと夢見ていた、求めていた世界の具現化だというようなね、お褒めの言葉でございます。

あとね、ラジオネームのない方。「『名探偵ピカチュウ』を見てきました。ポケモンは初代の赤・緑をプレイしたのとポケモンGOをコソコソやってる程度でした。ですが、ポケモンと人間が共存してる描写を見た瞬間、子供の頃に父と見て大好きになった映画『ロジャー・ラビット』を思い出し、それだけでグッと来てしまいました」。『ロジャー・ラビット』、後ほどこのタイトル、出てくると思います。

「……僕自身はいつの間にか父と距離ができてしまい、20年近く会話らしい会話をしないまま数年前に死別してしまいました。だからラストに明かされる謎とピカチュウの中盤のセリフ、『俺がお前の父親だったら世界一誇りに思い、抱きしめてやるぞ』に気がついたらボロボロ涙が出て。『まさかおっさん1人、ピカチュウを見ながら泣くなんて……』と思いつつ泣き続けました。ヨダレでベタベタになるぐらい舐めていた映画だったのに、買ったパンフレットを抱きしめて帰るくらい好きな映画でした」。これは本当に素敵なね、個人史と重なる映画体験だったかもしれませんね。

一方、ダメだったという方。ラジオネーム「グリュミオー」さん。「『名探偵ピカチュウ』、見てきました。結論から申し上げると、近年稀に見るひどい映画でした。徹頭徹尾、ストーリーがあまりにガサツな上に、キャラクターの掘り下げも浅いので終始、思い入れのわかないキャラクターたちがなにかわからないことをやっているといった感じに尽きると思います。

そもそもの主人公の描写や父親を探すまでのくだりなど、掘り下げがないままストーリーが進んでいくので、観客を置いてけぼりにしてるように感じました。キャラクターのかわいさを楽しむだけならいいのかもしれませんが、同じ実写でも『プーと大人になった僕』のようにかわいさとストーリー構成の両方に力を入れた作品があるこのご時世に、あまりに雑な作品だと個人的には思います。中盤でピカチュウが『何でもいい。出たとこ勝負だ』みたいなことを言うセリフがありますが、この一言がうまくこの映画を表現しているし、製作者の本音だったんじゃないかとすら思いました。

とにかくどの画面を見ても、何のために何をしてるのかがよくわからない。悪役の動機もいまいち薄っぺらく、ものすごく悪い意味でサノスみたいな短絡的な思考だったと思います。その上、最後の解決策もあまりに投げやりでとにかくこの映画、作りが甘い!」という、厳しいご意見でございました。

 

ポケモンそのものにはさして思い入れのない成人男性の意見として……

さあ、ということで『名探偵ピカチュウ』、私もですね、バルト9で字幕2Dを2回、見てまいりました。すいません。西島秀俊さんがピカチュウ役を……ライアン・レイノルズのやっているピカチュウ役を、日本では西島秀俊さんがやってる日本語吹き替え版。どうしても予定が合わず、こちらを見られませんでした。申し訳ございません! ということで、言わずと知れた、ということでいいですね。世界的に、過去20年以上にわたって、先ほどから言ってるように、文化的にも深く広範な影響を与え続けてきた、まさに日本が誇る一大エンターテイメントコンテンツ『ポケットモンスター(ポケモン)』。

まあ本当にメディアミックスがいろいろと展開されてるやつなんで、どこの部分にどの時期にどう触れたかによって、なかなか裾野が広い作品なんで、一概に語ることはちょっとこの時間では完全に不可能な作品なんですが……先にお断りをしておくと、僕自身は、もちろんポケモンっていうのはどういうものなのか、最低限の知識というのはありますけれども、どっぷりハマったりしたことは一度もございませんで。今回の映画評のために、直接の原作であるアドベンチャーゲーム、元は2016年にダウンロード版が出て、後から完全版が2018年に出た『名探偵ピカチュウ』というですね、ニンテンドー3DS用のゲームを、まあハードも購入してプレイした。

しかもこれ、やってみたら結構「ちゃんと原作」だったんで、やってよかったんですけど。後は、明白にオマージュシーンがあるので、1998年、最初の劇場版アニメ『ミュウツーの逆襲』……今回もエンドロール後にですね、これから公開される日本製の3DCGリメイク版のね、『ミュウツーの逆襲』が予告で流れましたけど。それも改めて見て。その他、必要情報はその都度その都度調べてっていう、こんな状態で……まあ、にわかというのもおこがましい、もう完全にポケモン門外漢でございます。

なので、以下はですね、元々ポケモンそのものにはさして思い入れのない成人男性が見たらどういう風なことになるか、というお話となることを、ご了承いただきたいと思います。

 

■今回の映画版は、想像以上にゲームボーイ版『名探偵ピカチュウ』に忠実

まあさっき言ったようにですね、ストーリーの直接的なベースは、比較的最近出たゲームですね、『名探偵ピカチュウ』。そもそもこの原作が、その「人間の言葉をしゃべりまくる中身オッサンのピカチュウ」っていう、ちょっと変化球な設定で。これを元にした映画化という路線そのものはですね、最終的にその脚本・監督ロブ・レターマンさんという風に決まる前から、もう決定事項だったみたいなんですね。映画化の際に、『名探偵ピカチュウ』が原作だということはもう決まっていた。

主人公の青年ティム・グッドマンというのが、なんらかの陰謀に巻き込まれたらしいお父さんの消息を追って、ポケモンと人間が共存する街ライムシティにやってきて……とかですね。そこで「R」という物質を吸ったポケモンが凶暴化しちゃう。で、最初それで暴れだすのがエイパムというポケモンであるとかですね。その物質Rの出処をたどっていくと、最強ポケモンであるミュウツーに行き当たるとか。さらにそのバックにいる黒幕が、メディアを操っている大物だ、みたいなところとか。あるいはクライマックスが、街中でのポケモン祭りだとか。その他、細かいところも含めて……落ち合うカフェが「ハイハットカフェ」だとか、そこにいるのがルンパッパだとか、そういうのも含めてですね、わりとこのゲーム、『名探偵ピカチュウ』を、今回の映画版はがっつりと元にしてるんですね。

で、ちなみにゲーム版の方は、ラストでいろいろと解決して、ゲームが終わりになっても、お父さんの行方およびピカチュウがなぜ中身おっさんでしゃべるのか、という件が、明確には明らかにされないまま終わっちゃうんですね。で、またもう1回冒険に出る、みたいな感じで終わるんですけど。「続編があるのかな?」って。で、実際に続編がある(ということが先日発表された)んですけども。まあ、でも明らかにこのゲームをやっていても、途中で暗示される諸々で、まあ大人であればもう序盤で、「ああ、そういうことね!」ってわかる。で、今回の映画のオチで明かされるある真相ともそれは大体同じっていうか。「まあ、そういうことでしょうね」っていうのがわかるようになっている。

なので、この間Nintendo Switch版で続編が出ると発表されましたので、おそらくそっちでゲーム版の方はしっかりとオチがつくんじゃないかと思いますが。ともあれ、そんな感じでですね、元の原作ゲーム自体が、ポケモンとしてはやや変化球な世界観な分、ということか、今回の作品は、まず冒頭、つかみとして、これはもうポケモンファンだったら「おおっ!」って思うんでしょうね。先ほど名前を出しました、1998年、ポケモン最初の長編劇場用アニメにして、アメリカでも正真正銘の大ヒットを記録して、いまも「アメリカで最もヒットした日本映画」の座は動かないっていうことらしい、『ミュウツーの逆襲』

 

■ポケモンに内包されている“危うさ”を巧妙にロンダリング

これの序盤である、まあその人間が作った、人工の最強ポケモンであるミュウツーが、水が溜まった容器の中で目を覚まして、それをドーンと破壊する、というところを、そのミュウツーのポーズとかデザインとか構図とかなどはもちろん、監督インタビュー曰く、ミュウツーの顔のアップでボコボコボコッと上がる泡の形とかまで、オリジナルを忠実に、3DCG的に実写的表現で再現してみせた、という絵面がまず出てくる。

そこで、要は元からのポケモンファンにしっかりと、「原典としてのポケモンに、リスペクトがありますよ!」っていうことを、まず最初にきっちりアピールしてみせるという、そういう作りですね。で、その一方ですね、そこから続くくだり。僕のように限りなく一見さんに近い人……必ずしもポケモンの世界観を無条件で受け入れ済み、というわけではない層を考慮に入れたバランス取りも、実は抜かりがないなと思いました。ここからしばらくのくだり。

たとえば主人公と友人がですね、野生のポケモンを捕まえるところ。で、要は野生のポケモンを捕獲し、訓練してレベル上げして戦わせる、という元々のポケモンの基本的なゲーム性、世界観。これを、主人公とのやりとりとか、あとはライムシティ行きの案内映像みたいなので軽く提示しつつ……ただですね、その元々のポケモンが持っている、その基本的なゲーム性とか世界観が持っている、内包する、これはオープニングトークでも言いましたけども、言っちゃえばちょっと動物虐待を想起させかねない部分。

特に今回のように、実写の人間が絡んで動物同士をけしかけたりするような場面があったりするとですね、ちょっとそれが際立ちかねない、というその危うい部分をですね。まずは「ポケモン側の意思に反して捕獲はできません」というくだりを、最初に強調してしっかり見せておくことで、動物虐待感をソフト化する。さらには、捕獲やバトルが基本ない場としてのライムシティというのをメインの舞台にするということで、その生命倫理に触れかねない部分というのをメインにしない、危うさを中和するような……言ってみればロンダリング的な(笑)バランス取りが行われている。

僕は、まさにこのためにこそ『名探偵ピカチュウ』というゲームをメインの題材に選んだんじゃないかな、って思うくらい。なんなら後の……その、ハリウッドのポケモンの映画化権の契約の締結の時期を考えると、まあそれはないかもしれないけど、ひょっとしたらハリウッド映画化を見越してのこのゲームの設定だったのか、っていうことすら邪推してしまうくらい。まあ、とにかく、『名探偵ピカチュウ』という題材を選んだことで、その元の「動物同士をバトルさせる」というののちょっと危うさみたいなものが、かなり中和された、ロンダリングされたバランス取りがされてる。まあ上手いな、周到だな、という風に思うあたりですね。

 

■ライムシティ来訪のシーンはぶっちゃけアレにそっくり

ともあれその、ポケモンと人間が共存しあう大都市、人工的な都市ライムシティに、主人公のティムくん……これ、演じてるのは、ネットフリックスの素晴らしいヒップホップドラマ、バズ・ラーマンの『ゲットダウン』──シーズン1で終わってしまいましたけどね──あの『ゲットダウン』とか、あるいは映画でいうと2015年の『ペーパータウン』という、これは今回の作品にも実は『ペーパータウン』で彼、ジャスティス・スミスさんが演じた役柄を踏まえた楽屋オチ的なセリフが含まれていたりするんですけども、まあ、その『ペーパータウン』とか。

あとは2018年の『ジュラシック・ワールド/炎の王国』ね。などなどで知られるジャスティス・スミスさんが演じていますけども。で、まあ彼が、そのライムシティに到着する。そうすると、そのライムシティに到着すると、街のあちこちで、様々なポケモンが、それぞれの特性を活かして、人間と仕事をしている、生活をしているっていう、こういう描写がくるんですね。

はっきり言えば、ここの場面はものすごく、もう結構露骨に、『ズートピア』なんですよね。2016年『ズートピア』、ディズニーアニメ。『ズートピア』もやっぱり、巨大な都市でいろんな動物たちが共存している街で、しかも駅の到着シーンで……その駅のホームから街が広がっていく、そのカメラワークとかも含めてね、ぶっちゃけすげえ似てるんですけども。かなり強い影響を感じさせるくだりではあるんだけど。

そもそもあと、その『ズートピア』のストーリー自体がですね、そういういろんな動物たちが共存している街で、動物を凶暴化させる物質があって、しかもそれがなんか政治的な陰謀と絡んでるっていう。このストーリーそのものもちょっと、『ズートピア』、かなり近いものがある。偶然かもしれませんけどね。時期から考えるとね。

 

■ポケモンファンならずと楽しいワクワクするディテール

で、まあとにかく『ズートピア』の強い影響を感じさせる場面なんだけど、とにかくここでの、本当に細々とした描写の数々が、これはポケモンに全く詳しくない僕でも、むちゃくちゃわくわくして楽しい! わけですよね。

楽しいし、ましてたとえばその個々のポケモンの名前がすぐに出てくるような観客のみなさんであればもう、ここは本当に、至福のシークエンスでしょうね。「ああっ、あれがいて……そうか。その能力、そうだよね!」とか。しかも、実写で本当にそこにいるように見える、っていう感じで、本当に嬉しいシーンじゃないかなと思います。たとえばね、僕はこれ全部、当然名前とかは後から調べたことなので申し訳ないですけどね。にわかで申し訳ないですけども。

最初の方で、ウォーグルっていうんですかね、鷲みたいなやつ。「普通に鳥が飛んでるのかな?」っていう風に思えるような空撮ショットなんですけど、それが、クレーンの上にいる人間に荷物を届けている。そうすると、スケール感が現実離れしている……要するに「デカッ!」っていうのが、荷物を届けるところで明らかになるという。空撮ショットそのもの、ショットの動きそのものはすごく自然なショットなだけに、「ああっ! 本当にポケモンが人間と暮らしている!」っていう感じがする、見事なショットですね。ここなんか本当にセンス・オブ・ワンダーっていう感じで、「うわーっ!」って、知らない僕でもわくわくしちゃいますし。

あとは、先ほどもオープニングトークで言いましたけども、道路上でね、カビゴンさんですか、あれが、お腹いっぱいになると寝ちゃうということで。道路を塞いで寝ちゃっている。一方で、手が4つあるカイリキーっていうのがね、交通整理をしているとか。あと、先ほどオープニングで言った、テレビ局のところで後ろにいてピントははっきり合ってないんだけど、寝ているポケモン。「あれ、なんだ? 教えてください!」なんてことを言っていたら、メールが来まして。ラジオネーム「犬ちゃん」さん。「寝ているのは、ケッキングではないかと娘・16歳より教えていただきました。先週、母と娘で見に行ったばかりです。ポケモン、最高!」というね。

ケッキング。これ、たしかに猿型……(検索した画像を見て)これこれ、こいつ、こいつ! こいつ、寝てた! こいつ、こいつ! そうそうそう! こいつが寝ていたりとか、あえてピントが合っていなかったりする感じとかも本当にね、面白かったりして。とにかくですね、画面の隅々まで、そういうファンならずとも楽しいし、ファンならもちろん何千倍も楽しいディテールが詰まっている、というですね。街のそういう描写だけですごく楽しい。

 

■日本的な「かわいい」はそのままに、現行ハリウッド映画ならではの実在感も加味

で、今回特にいいなと思うのは、それぞれのポケモンのデザイン、フォルムそのものは、よくあるハリウッド映画、アメリカ映画的な「リアル化」が、形そのものにはそんなにされていない。元のその日本的な「かわいい」デザイン、デフォルメが、わりとそのまま尊重された形。形そのものはそうなんです。ただし、表面のテクスチャー、素材感とか質感だけは、3DCGならではの実在感、本物らしさが強調されるような工夫がされている。たとえば、おそらくもちろんそのピカチュウの毛の感じとか、細かく調整が重ねられて。これ以上長いとピカチュウに見えないとか、でも短いとツルンとしちゃうとか、そういうバランスにたぶん調整されていると思う。

形の日本的な「かわいい」はそのままに、ハリウッド製3DCGならではの実在感をそこに織り込んでみせる、絶妙なバランスだと思います。あのね、渡辺謙さんとブルーが並んで……それがまた、ちょっと似せて映されている感じとかも楽しいし。あとは言うまでもなく、やはりピカチュウの質感のかわいさ。そしてライアン・レイノルズをキャプチャーしたゆえの、あの話題になっている、しかめっ面込みの表情のかわいさ。これはもう文句なし!なんじゃないでしょうか。

 

■前半、フィルム・ノワール感溢れるナイトシーンに酔いしれる!

脚本・監督のロブ・レターマンさん。『シャーク・テイル』とか『モンスターVSエイリアン』とか3DCGアニメで有名ですけども、2015年の『グースバンプス モンスターと秘密の書』ってのが、ちょうどこれ、実写の青春ジュブナイルストーリーと、CGの異形キャラ大行進、みたいなののスムーズな共存……まあ要は『ジュマンジ』的な、ということでいいと思いますけども、そういう作品なんですが、今回のポケモン映画化に直接連なる、非常に重要な一作かと思いますので。今回のが気に入った方はぜひ、『グースバンプス』を見ていただきたいんですけど。

そんなロブ・レターマンさんの手腕、テイストが、特に遺憾なく発揮されてるのがですね、前半の、ナイトシーンですね。本当に素晴らしい! 『名探偵ピカチュウ』というだけあって、特にこの前半部は、ライムシティの夜の描写、わりとはっきり映画ジャンルでいうところの、「フィルム・ノワール」のテイストなんですね。劇中でも、なんか古いフィルム・ノワールクラシック風の映画が、テレビに映ってますよね。お父さんの趣味として。あれ、実はですね、本当のフィルム・ノワールではなくて、『ホーム・アローン』の映画内映画で出てくる『汚れた心の天使』っていう、それが一瞬出ているんですけども。

とにかく「フィルム・ノワールテイストの物語、舞台建てに、漫画・アニメ的なキャラクターが大量に絡んでくる映画」といえば、先ほどのメールにもあった通り、『ロジャー・ラビット』、1988年、ロバート・ゼメキスの作品がありますけど、本作はまさにそういう『ロジャー・ラビット』的なミスマッチの面白さに加えて、『ブレードランナー』『AKIRA』的な、いわばフューチャー・ノワールテイスト。未来のノワール物テイスト。ビビッドでポップな、未来的な、ネオンカラー的な色使いが、これぞノワール!な舞台建ての典型である、たとえば濡れて街灯を反射する路面……もうノワールといえば「濡れた路面」なんですね。雨が降ってなくてもノワールは地面は濡れてるんです!(笑) 濡れた路面に街灯が反射してる。あるいは、真っ黒な影と、そこに浮き上がる……たとえばブラインドから斜めに差し込む光とか、あとは暗闇の中にブワッと上がる煙。街路の煙とか。とにかくそういう、ザ・ノワール!な舞台建ての中に、鮮やかにそのネオンカラーが織り込まれていく、というような、非常に凝った美術とか撮影がなされている。

で、このナイトシーンの美しさをさらに際立てているのが、今回、デジタル撮影じゃなくて、フィルム撮影なんだそうですよ。コダックの35ミリフィルムで撮影していて、それがまた、このフィルムならではの黒とか闇の表現を、本当に豊かにしていて。カメラマンのジョン・マシソンさん、そしてプロダクション・デザインのナイジェル・フェルプスさん、本当にいい仕事をしている。

あと、お父さんのオフィスの中に入っていって、光がこう斜めに……いま言ったザ・ノワールな絵面ですね。光が斜めに差し込んで、お父さんの痕跡、そして自分の幼少時の記憶を辿るところ。あそこ、音楽のヘンリー・ジャックマンも、明らかに『ブレードランナー』のヴァンゲリスの音楽をちょっと意識した音楽に、絶対にしてると思いますね。あと、ネオン看板が縦長なのが多いのが、また『AKIRA』的なエキゾチシズムを演出していたり。本当に見事。ちょっと僕は陶然としてしまうほど、うっとりしてしまうほど美しい、フューチャーノワールな夜の都市の世界で……たとえばモロに『グレムリン』チックな、凶暴化したエイパムに襲われるくだりとか。

あとはもちろんおっさんピカチュウとの……まあもちろんおっさんなのには理由があるわけですけども、ライアン・レイノルズなのには理由があるわけで、結末にはそれが明らかになるけども、そういう『ロジャー・ラビット』的なノワール+アニメのミスマッチの楽しさも込みで、ここは本当に、本作の白眉だと思います。ここだけ何回も繰り返して見てもいいかなと思うくらい。要はちゃんと、ハリウッドの実写ベースの映画でしかできないこと、映画史的な文脈、その厚み、豊かさ、技術込みで、やっぱりこれでしかできないこと……たとえば、闇と奥行きの表現っていうのは、アニメではなかなかできない。いずれも実写映画ならではの強みというのを活かしてやっている、っていうことですよね。

 

■ちゃんと面白いし、オリジナルへの敬意も伝わってきて感動する

あと、あそこの場面で、あのキャスリン・ニュートン演じるヒロイン、ルーシーが、逆光の中で階段から降りてくるショットなんかも、本当に美しかったですね。本当に忘れがたいショットがいっぱいある。あるいはその他にも、たとえば監督の特にお気に入りだというあのバリヤードっていうポケモンが……あれ、いままではそこまで目立つポケモンではなかったらしいですけど、あの見事なパントマイムからの、ちょっとブラックなオチ。これはやっぱり、現代アメリカ映画ならではの楽しさがある場面だと思いますし。

あと、ポケモンたちの特性を生かした展開が、ハリウッド映画ならではのスケールで描写されるところ……たとえばやっぱり、あのドダイトスのあそこ、完全に怪獣映画、ディザスタームービー的シークエンスなんかは、本当に本作、この映画ならではのワンダーがあって、文句なしに楽しいくだりだと思います。まあ正直、主人公たちの行動とかその顛末は、冷静に考えるとなんかよくわかんないっていうか、お話としてどんどんどんどん雑さを露呈していく、っていう感じはたしかにありますし。

特にクライマックス。いちばんの悪役の行動が意味不明かつ迂闊すぎ!なのに加えてですね、ポケモンパレードで、ポケモンの風船が浮いているところは現実社会とのメタ感、並行感があって面白いんだけど、せっかく街中のポケモンと人間が一体化、っていう異常事態が起きているのに、それを生かした何かが特に全く起こらない、とかですね。ちょっとややクライマックスは、尻すぼみ感は否めないかな、という風に思います。

あとはもちろん、ミュウツーは出てくるけど、結局「一応出した」感っていうか、ミュウツーならではのなにか、みたいなのがそんなにないよね。なんか、ただ単に万能感があるだけでね。まあ、(ミュウツーが出てくる過去作のように)生命倫理の話とかにしても(今回の作品では)しょうがないんですけど。でもまあそこは、「こんなもんかな」っていうところだと思いますけどね。エンドロールで、『ポケットモンスター』の漫画版である『ポケットモンスターSPECIAL』の絵柄を使ったエンドロールがあったり。

作り手がオリジナルコンテンツ、その文脈に、最大限の敬意を払ってるのは間違いなく伝わるし、それ自体が本当に感動的。その上で、さっきから言ってるように、ハリウッド映画ならではの映画的文脈の厚み・強みを加えてみせた、特に前半のノワール的な夜の街のくだり。個人的には本当に、ここは本当にものすごく興奮しました。はい。いろんな意味で「ちゃんと面白い」1本でございました。見てよかったです。ポケモン、食わず嫌いしちゃいけませんね。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。

(ガチャパート)

クライマックスで、メタモンがいろんな人に化けるあれの気持ち悪さが、ちょうどあの、エドガー・ライトの『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』に出てくるあいつらっぽい気持ち悪さで。あれも面白かったですね。はい。

(以下略 ~ 来週の課題映画は『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』です)

 以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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