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渋谷で文化の発信を続ける「ユーロスペース」代表の堀越謙三さん!

ACTION

TBSラジオ「ACTION」。6月11日(火)のゲストはミニシアターの草分け的存在、渋谷で文化の発信を続けるユーロスペース代表の堀越謙三さん!今回は堀越さんに渋谷のカルチャーについてお話を伺っていきます。

■2000年に渋谷のカルチャーは終わっていた?

堀越:逆に皆さん今渋谷ってどう見えてるんだろうと思って。
尾崎:う~ん。あんまり行かないですね・・・。

堀越:僕らが学生の時は、新宿のゴールデン街とかの“重さ”が嫌で渋谷に行ってたんですね。
尾崎:へえ~!

堀越:よくそのころはカルチャーっていう字にカビって書かれて「カビチャー」って。
尾崎:あ~、そう揶揄されてたんですね。

堀越:簡単に言うと、カウンターカルチャーで中身は意外とすごい濃くて。だから寺山さんがやってたり、つかこうへいが演劇やってたのもみんな渋谷ですからね。そこにセゾンの堤清二っていう超人が現れて。ああいう財閥系でカウンターカルチャーを支援して街つくっちゃうなんていうのはね、世界じゃあり得ない。彼はもっと評価されていいと常々思っています。

尾崎:当時の渋谷は今と比べてどういうところが違いますか?

堀越:マルキューが流行りだしたのが90年代の後半でしょ?あそこからコギャルの方へ移ったんだけど、その前は要するに映画だけじゃなくて美術も好きでモダンダンスがあればやるっていう…。
尾崎:もしかして大人の街だったんですか?

堀越:そうそう。だから30代くらいの芸術が好きな人とか。あるいは先端は知ってなきゃいけない!っていう脅迫観念を持ってる人とかね。

尾崎:今はちょっと先端を知ることがかっこ悪いって思われてるところもありますよね。

堀越:それをみんな必死でね。背伸びした高校生とか渋谷に来ますけど、この子たちが流行を作ったりしていた。だから自分が分かる程度のカルチャーでは「あんなの大したことないよ」で終わって。それを「Olive」っていう雑誌が探検隊みたいなのを作って、高校生で一番尖った女の子たちが渋谷を発見するみたいな。そういうのがあったくらい。

尾崎:へえ~!

堀越:世界的に見たら映画だけじゃないですからね。演劇ならパルコ劇場っていう昔の西武劇場が持ってた大きさっていうのは帝劇なんかの商業演劇とは全く違う。美輪さんが黒蜥蜴やったり、つかこうへいさんがやったり今考えても刺激的じゃないですか!

尾崎:本当ですね!映画館でいうとシネマライズが最初なんですか?

堀越:最初はうちなんですけど、シネマライズがピークを作ったっていう。
尾崎:なるほど。

堀越:うちなんかは、お客さんが入りそうなものはシネマライズでやってもらって、入らなさそうなのは自分でやるっていうポリシーがありますね。
尾崎:そうなんですね!

堀越:だってそりゃ売り上げが上がったほうが良いじゃないですか。
幸坂:なるほど~。

尾崎:やっぱり2000年を潮目に変わっていったんですかね。

堀越:2000年というのは象徴的で、「ジァン・ジァン」っていうのが終わった。津軽じょんからが復活したのだってあそこだし、中村さんが一人芝居やってたり、伝説にはサザンも出てたみたいな話もあって。美輪明宏さんも定期的にやっていて…。あれが終わったのが、渋谷が終わった感がありますよね。

 

変わり続ける渋谷のカルチャーをこれからも発信し続ける堀越さん。日本映画のルーツについても語ってくださっています!全編はradikoのタイムフリーで!

ユーロスペース代表・堀越謙三さんに聞く、渋谷の変遷http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190611163242

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)