お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

「追悼:ボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルト」(高橋芳朗の洋楽コラム)

ジェーン・スー 生活は踊る

音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「追悼:ボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルト」

Chega de Saudade

追悼:ボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルトhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190712123651

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします。「追悼:ボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルト」。ボサノヴァの創始者のひとりであり、ボサノヴァの神様と呼ばれたブラジルの歌手/ギタリストのジョアン・ジルベルトが7月6日に亡くなりました。88歳でした。

ジョアン・ジルベルトは約60年に及ぶ活動歴からするとスタジオアルバムの数も少なくて、さらにインタビューも基本的に受けない、滅多に公の場にも現れないということで、神秘のベールに包まれた孤高のアーティストとして知られていました。個人的にはボサノヴァの神様であると同時にボサノヴァの仙人みたいなイメージがありましたね。

そんなジョアン・ジルベルトがボサノヴァの創始者と言われるのは、彼がボサノヴァを特徴づけているあのギター奏法を発明したことに由来しています。

【ジェーン・スー】
そうなんですね。

【高橋芳朗】
ボサノヴァはサンバから派生した音楽になるんですけど、ジョアン・ジルベルトはサンバのリズムをギターに置き換えたんですね。そこにジャズのエッセンスやささやくようなソフトな歌声が加わることにより、おなじみのボサノヴァの音楽像が形作られたというわけです。

ジョアン・ジルベルトはこの演奏スタイルを居候していたお姉さんの家のバスルームに何ヶ月も引きこもって編み出したと言われています。その奏法を初めて人前で披露したとき、作曲家のホベルト・メネスカルはあまりの衝撃にジョアンを2日間徹夜で連れ回して彼の演奏を友人のミュージシャンに聴かせて回ったそうです。

【ジェーン・スー】
へー!

【高橋芳朗】
そして、ジョアン・ジルベルトは1958年に最初のボサノヴァのレコード「Chega de Saudade」を発表します。この曲はブラジル音楽の大家、「イパネマの娘」の作者としておなじみアントニオ・カルロス・ジョビンが完成させてから一年ぐらい寝かせておいた曲だったそうで。きっと、この曲を歌うのにふさわしいアーティストが見つからなかったということだったんでしょうね。

そんななかジョビンはジョアン・ジルベルトの演奏スタイルを聴いて、彼であればこの曲の魅力を引き出してくれるに違いないと。そう確信して譜面の山から「Chega de Saudade」を引っ張り出してきて提供したそうです。

こうしてボサノヴァ第一号のレコードが誕生したわけなんですが、この「Chega de Saudade」をめぐるエピソードがすごくおもしろくて。なんでも、この曲を聴かされたレコード会社の重役は激怒してレコードを叩き割ったんですって。

【ジェーン・スー】
へー! なんで?

【高橋芳朗】
「なんで風邪をひいた歌手にレコーディングさせたんだ?」って。

【ジェーン・スー】
ああー、そういう解釈だったんだ!

【高橋芳朗】
つまりサンバのリズムをギターに置き換えた奏法と同等に、あのささやくような歌唱法もめちゃくちゃ斬新だったということですね。

【ジェーン・スー】
いまとなっては当たり前のようにあるものだけどね。

【高橋芳朗】
そうそう。あるラジオ局は電話口で「Chega de Saudade」を完璧に歌いこなせたらプレゼントをあげますという、そんなキャンペーンもやっていたぐらいなんです。

こうした一連のエピソードからわかると思うんですけど、当時ボサノヴァはあらゆる点において新しい音楽だったと言っていいと思います。ボサノヴァは直訳すると「新しい傾向」という意味になるんですけど、これは意訳すると「ニューウェイヴ」ですよ。まさにボサノヴァは1950年代後半のブラジル音楽におけるニューウェイヴであったと、そう解釈するとこの音楽の登場の衝撃がわかりやすくなるんじゃないかと思います。では、改めてボサノヴァ第一号の曲を聴いてみましょう。

M1 Chega de Saudade / João Gilberto

【高橋芳朗】
さっきレコード会社の重役がジョアン・ジルベルトの歌を聴いて「なんで風邪をひいた歌手にレコーディングさせたんだ?」と激怒したなんてエピソードを紹介しましたが、その一方、マイルス・デイヴィスはジョアンのボーカルを評して「彼ならたとえ電話帳を読んでも美しく聴かせることができるだろう」とコメントしたそうですね。

【ジェーン・スー】
ああー、さすが!

【高橋芳朗】
冒頭で触れたようにジョアン・ジルベルトは神秘的で神々しい孤高のアーティストとして認識されているようなところがありますが、そんな彼のイメージを確立したのが1973年のアルバム『三月の水』(原題『João Gilberto』)です。このアルバムはジョアンのギターと歌、そしてパーカッションとしてシンバルのみという徹底的に無駄を削ぎ落としたシンプルな構成で作られています。

そんなミニマムな構成であることに加えて、マイクを思いっきり近づけてレコーディングしていること、さらにオーバーダビングを一切していないことから、もうジョアン・ジルベルトがすぐ目の前で歌っているような臨場感と緊張感があるんですね。

このアルバムのレコーディングエンジニアはスタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』や『シャイニング』の音楽を手掛けたウェンディ・カルロスが務めているんですけど、彼は回想録で当時の様子をこんなふうに話しています。「私はジョアンの素晴らしいギター演奏を目の当たりにして、自分がやるべきことを悟った。ただマイクの位置と音量を適正にセットすること。それだけだった」と。このコメントからもジョアンの音楽の凄み、彼の音楽に対する畏敬の念が伝わってくるんじゃないかと思います。

ではさっそく、アルバム『三月の水』から一曲聴いてもらいたいと思います。もうなんというか、日本で言うところの侘び寂びみたいな、そういう美意識を感じさせる音楽です。

M2 Falsa Baiana / João Gilberto

【高橋芳朗】
スーさん、「これはヘッドホンで聴きたい!」ということでスタッフにヘッドホンを持ってきてもらいました。

【ジェーン・スー】
いっつもは片耳でイヤホンで聴いているんだけど、これはヘッドホンで聴いた方がいいかなって。うん、まるでヘッドマッサージを受けているようでした。

【高橋芳朗】
なんかこう、場の支配力がものすごく強い音楽ですよね。

【ジェーン・スー】
だけど自己主張は一切していないじゃないですか。主張をせずに場を制す。すごいね、合気道みたい。

【高橋芳朗】
そう、まさにジョアン・ジルベルトの音楽はどこか超然としたところがあって。ブラジル音楽の巨匠カエターノ・ヴェローゾは、そんなジョアンの音楽を讃える曲を1997年にリリースしているんです。タイトルは「Pra Ninguem」。

この曲でカエターノ・ヴェローゾは、ブラジルの偉大な歌手とその代表曲をひたすら羅列していくんですよ。エリス・レジーナ、ミルトン・ナシメント、ジョアン・ボスコ、ジャヴァンなどなど。そして、最後はこんなふうに締めくくっているんです。「これらよりも良いものを挙げるならば、もはや沈黙しかない。そして沈黙をも凌駕するものがあるとしたら、それはジョアンだけだ」と。

【ジェーン・スー】
うん、最大級の賛辞ですね。

【高橋芳朗】
そしてなんと、カエターノ・ヴェローゾはこの「Pra Ninguem」をリリースしてから3年後の2000年、ジョアン・ジルベルトのオファーを受けて彼のアルバムのプロデュースを手掛けることになるんです。そのアルバムがまさに、カエターノが「Pra Ninguem」で歌ったようなコンセプトになっているんですよ。『João Voz e Violão』、邦題は『ジョアン 声とギター』というアルバム。

タイトルにもあるように、このアルバムは全編がギターの弾き語り。もうジョアン・ジルベルトの声とギター、それだけしかないんです。静寂のなかにジョアンの歌とギターがポッと浮かび上がっているような、そういうイメージですね。さっき紹介した『三月の水』にはジョアンの歌とギターに加えてパーカッションが入っていましたけど、もうここにはそれすらもなくて。

つまりこれは、カエターノ・ヴェローゾの「沈黙を凌駕するのはジョアンだけだ」という主張を立証するようなアルバムなんですね。実際、カエターノがこのアルバムのプロデューサーとしてやったことは「なにもしないこと」。禅問答のようですが、プロデューサーとして「なにもしないこと」をやったというか。

【ジェーン・スー】
それをプロデュースと呼ぶんですね。

【高橋芳朗】
カエターノ曰く「何曲かこういう曲を歌ったらどうかという提案はしたが、基本的に僕はジョアンと一緒にいただけだった」と。これは『三月の水』でエンジニアを務めたウェンディ・カルロスが「自分の仕事はマイクの位置と音量を適正にセットすること。ただそれだけだった」とコメントしていたのと言わんとしているニュアンス自体はほぼ同じなんじゃないかと思います。

ではこの『ジョアン 声とギター』から一曲聴いてもらいましょう。もはや枯淡の境地、ミニマリズムの極地みたいな音楽ですね。

M3 Você Vai Ver / João Gilberto

ジョアン 声とギター

【高橋芳朗】
以上、ちょっと駆け足でジョアン・ジルベルトの追悼企画をお送りいたしましたが、このタイミングでジョアン・ジルベルトのドキュメンタリー映画が公開になります。ボサノヴァの神様を巡る旅を記録したドキュメンタリー『ジョアン・ジルベルトを探して』。8月24日より新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマなどから順次公開ということです。この放送でジョアン・ジルベルトに興味をもった方はぜひこちらもチェックしてみてください。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

7/8(月)

(11:05) DesafinadoStan / Getz & Joao Gilberto
(11:22) Bim Bom / Astrud Gilberto
(11:35) Photograph / Antonio Carlos Jobim
(12:18) But Not for Me / Sylvia Telles
(12:51) Bye Bye Black bird / Quarteto Em Cy

7/9(火)

(11:06) Simple Things / Minnie Riperton
(11:25) Time and Space / Roy Ayers Ubiquity
(11:35) I Wanted it Too / Roberta Flack
(12:12) Fat Change / Phoebe Snow

7/10(水)

(11:05) Rudy, a Message to You / Dandy Livingstone
(11:26) Don’t Stay Away / Phyllis Dillon
(11:36) Sitting in the Park / Hortense Ellis
(12:12) Star / The Eternals

7/11(木)

(11:04) The Lady Wants to Know / Michael Franks
(11:22) You Light Up My Life / Judy Roberts
(11:36) Dreamin’ / Marlena Shaw
(12:12) Wait a Little While / Al Jarreau
(12:25) Say That You Will / George Duke
(12:48) Skindo-Le-Le / 阿川泰子

7/12(金)

(11:02) Remind Me / Patrice Rushen
(11:23) Stay With Me/ DeBarge
(11:34) Get In Touch With Me / Collage
(12:14) Nights Over Egypt / The Jones Girls