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宇多丸、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を語る!【映画評書き起こし 2019.7.12放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』内の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞、生放送で20分以上にわたって評論します。今週評論した映画は、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年6月28日公開)。その全文書き起こしを掲載します。オンエア音声アーカイブはこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』。『アベンジャーズ/エンドゲーム』に続くマーベル・シネマティック・ユニバースの第23作にして、『スパイダーマン:ホームカミング』の続編。

ヨーロッパへ研修旅行に向かったスパイダーマンことピーター・パーカーの前に、別次元からやってきたヒーロー「ミステリオ」が現れ、エレメンタルズと呼ばれる敵と戦うよう告げられる。トム・ホランドやゼンデイヤ、ジョン・ファブローなど前作からのキャストに加え、ジェイク・ジレンホールがミステリオ役で参戦。監督はジョン・ワッツが続投、ということでございます。

ということで、この『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「ちょい多め」。賛否の比率は褒めが9割。かなりの高評価でございます。

主な褒める意見としては「『アベンジャーズ/エンドゲーム』の次の作品として、またマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のフェイズ3の締めくくりとして、非の打ち所がない出来!」「敵の造形が完璧。サノスという超巨大なヴィランの後、全く別の、現代らしいヴィランを作り上げたのが素晴らしい」「みずみずしい青春映画としても楽しく、大人の怖さもきっちり描くジョン・ワッツ監督の手腕に脱帽」。

否定的な意見としては、「主人公ピーター・パーカーの未熟さが目に余る。青年として、ヒーローとして、もっと成長してほしい」。フフフ、親目線(笑)。「今回の敵と、スパイダーウェブというスパイダーマンなりのアクションが噛み合っていない」などのご意見がございました。

■「」(byリスナー)

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。「うごめくなにか」さん。「『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』をウォッチしてきました。最高でした。MCUのフェイズ3は『エンドゲーム』ではなくこの作品で完結であると公表されていた理由がはっきりとわかる作品になっていて、2019年にこの映画をリアルタイムで見ることのできることに感謝したくなるような映画でした。

今作は『エンドゲーム』ではほとんどオミットされていたヒーロー以外の視点、つまりヒーローたちを見てきた市民からの視点にフォーカスした作りとなっており、我々観客が『エンドゲーム』で味わった喪失感とエンドゲームの出来事を実体験として過ごした劇中の市民とがリンクするようなシーンが随所に散りばめられていました」。それでいろいろと書いていただいて……。

「劇中でキャラクターの抱く問いは、そのまま我々ファンが抱いていた問いであり、この映画を見る強い動機となっていました。当たり前のようにヒーローを信じている我々の心理をついたヴィランの手口はまさに鮮やかとしか言いようがなく、『MCU世界の続きが見たい』と望む観客に対してまるで『お前も同罪だ!』と告発するようで、スクリーン越しに指を指されてることを自覚した瞬間の絶望感と、こんな贅沢な鑑賞体験があっていいのかという高揚感で手足が震え、目からは涙とあまりのことに体がついていかず……上映が終わった頃には満身創痍の体になっていました。

ヒーロー映画としても映画としても神懸かり的に面白いこんな作品を作り上げるジョン・ワッツ監督は化け物か何かなのではないかと思います」。ねえ。「科学的に言うと……ウィッチ(魔物)だ」っていうあれ(劇中のセリフ)かもしれませんね(笑)。

一方ですね、「ラ・ラ・ランド」さん。この方、15歳。「一言では伝えられない複雑な感情を抱きました。『アベンジャーズ/エンドゲーム』後の上がりきったハードルを見事に超えて行きましたし、フェイズ3の締めとってもよくできてます。前作『ホームカミング』から大幅に増やされた青春恋愛模様も非常に心地よいですし、虚構が入り混じるドラッキーな戦闘シーンも楽しかったです。ただ本作で乗れなかったところがいくつかありました。それは悪役周りの話です。悪役のキャラ自体は新鮮だし、その悪役を演じてる俳優もノリノリで非常に面白いんですが……」。ちゃんと伏せていただいて、ありがとうございます。

「……MCUのスパイダーマンの悪役はピーターの師匠的な存在のトニー・スタークの行なった行為の悪い面に触れてしまった人間なわけで、ピーターはトニーの罪と対峙しなければならないストーリーにすべきなんです。それを本作、前作の両方で描いてくれないんですよ。スパイダーマンは他のヒーローと違って現在進行形で成長していくものであり、その中で恩師の裏の面に向き合うというのは絶対に劇的なものになるし、悪役設定の中にトニーを絡ませるならば、それは描くべきだと思います。

スパイダーマンの中で肝心な要素のひとつの成長ストーリーも、恋愛・友情・青春関連の成長が多くて、ヒーローとしての成長が少ないのも残念ですし、ポストクレジットシーンであれを出されても、あまりピーターが人間として困ってる感じがしないから盛り上がらないよと思ってしまいました」といったあたりでございます。まあそのトニーの影との対峙っていうのには僕なりの意見もありますので、ちょっと後ほど言っていきましょうかね。はい。ということでみなさん、メールありがとうございます。

「トム・ホランド=ピーター・パーカー」を確立をしたうえで迎えた新作

ということで『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』、私もT・ジョイPRINCE品川でIMAX字幕3D、そしてバルト9で字幕2D……すいません、吹き替えを見れていないです。この二つのバージョンで見てきました。まあ、作品の位置づけ的なものは飛ばしますね。とにかくトム・ホランド主演でのスパイダーマン・リブートの第一作『ホームカミング』の、続編。私、『ホームカミング』は、2017年8月19日に評しました。

で、監督に抜擢されたジョン・ワッツさんが、すごい私はファンで。2015年の『COP CAR/コップ・カー』という作品がとにかく大傑作で、大好きで……という話も、その『ホームカミング』の公式書き起こしの方に書いてありますので、そちらもまあ参照してください。それの続きの作品にして、『エンドゲーム』に続くMCUの最新作にして、フェイズ3の締めくくり。先ほどのメールにもありましたけども、『エンドゲーム』がね、ドーンという大団円で、ここがフェイズ3の締めくくりでもよかろうに、その後にもう1個つくという、そのココロやいかに? ということなんですけどね。

まあ主演のトム・ホランドさん。サノス2部作、『インフィニティ・ウォー』と『エンドゲーム』を通じて。完全にそのピーター・パーカー=スパイダーマン役が板についてきたというか、もう過去の(同役で知られる)トビー・マグワイア、アンドリュー・ガーフィールドのイメージを、完全に払拭したかなというぐらい、完全に「トム・ホランド=ピーター・パーカー」という感じになったと思いますね。

とにかく彼を含む主要キャストと、監督のジョン・ワッツも続投。あと、前作にも参加していた、脚本のクリス・マッケーナさんとエリック・ソマーズさんのコンビ。これがですね、非常に重要人物たちでございまして。他にも『レゴバットマン ザ・ムービー』(2017年)とか、『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』、あれも面白かったですね。それとか、『アントマン&ワスプ』とか、要はコメディー要素多めの大型アクションエンターテイメントの近年の傑作、快作を、次々と手がけている脚本チーム。このへんも続投。

あと今回は撮影監督に、さっき言ったジョン・ワッツの『COP CAR/コップ・カー』という作品を撮ったマシュー・J・ロイドさんを連れてきたりして、よりジョン・ワッツ組になっている感じもありますね。ということで、作品としてのトーンとか方向性は、もちろん前作を踏襲した学園青春物、それもかなりジュヴナイル寄りのそれ……非常に少年っぽい、というね。スーパーヒーローとしての活動と、学生生活とか青春の日々っていうのが、「何者かになる」ための模索、もがきという意味では、そのプロセスとしては、全く等価である、というね。そういう主人公の話。

■『アベンジャーズ/エンドゲーム』のあとだからこそ意味を持つ物語

特にジョン・ワッツ監督のこれ、持ち味でですね、こういうことですね……無邪気な少年たちが、「本当に怖い大人」の世界に触れてしまう。で、その過程で、文字通り本当に、映像的にも、悪夢的な体験をする、という話。そしてジュヴナイルですから、もちろんそこで一歩成長する、という話。逆にその本当に怖い大人側は、無邪気で純粋な少年たちと出会ったことで、なんと言うかその、計算が狂って……たとえば犯罪の計算とかが狂って、破滅していく、という。

そんな言わばですね、これは僕の表現ですけども、「ジュヴナイル・ノワール」とでも呼びたいような、そんなジョン・ワッツ監督の持ち味。これは本当に長編デビュー作の、これはホラーですけども、『クラウン』とか、あとはさっきから言ってる『COP CAR/コップ・カー』、そして当然『スパイダーマン:ホームカミング』まで、もうずっと一貫したテイストですね。

『ホームカミング』でのあの、車内でのマイケル・キートン=ヴァルチャーとの会話。本当におしっこをチビりましたね、これね。素晴らしかった。ということで、本作『ファー・フロム・ホーム』でもこれ、見た方は僕がいま言ったことが全部『ファー・フロム・ホーム』で全面展開されてるのがわかると思いますので、納得していただけると思います。遺憾なく発揮されているわけですけど。

でね、個人的にはやっぱり、さっき言ったように『エンドゲーム』で究極的にお話の風呂敷が広がりきって、なおかつそれをもうこれ以上ないぐらい上手く畳んで。で、その後に「親愛なる隣人」スパイダーマンの、「小さな物語」……これ、単にスケールの小ささが目立つような順番になっちゃわないかな? ここから先、俺は『エンドゲーム』を見た後で、面白く見れるのかな?っていう風に、ちょっと懸念をしていたところもあるんですが……いやいやそこはさすがMCU! ちゃんとこれ、メールにもあった通り、まさにその『エンドゲーム』直後であることこそが非常に大きな意味を持つお話を、しっかり用意してくれていた、っていうことですね。これは本当に、「ですよねー!」っていう感じですよね(笑)。

ということで本作『ファー・フロム・ホーム』、『エンドゲーム』、その劇中で起こった諸々のこと、誰がどうなったとかっていうことを、前提としてお話が始まるんです。そもそも、出だしがそれで始まるので。なので、本日もすいません! そこだけはわりと、要するに『エンドゲーム』でどうなったっていうのは、わりとはっきり言及せざるを得ないので。『エンドゲーム』をまだ見てない人で、どうしてもネタバレしてくれるなっていう人には、ここから先の20分ほどは聞くのを止めていただいて……と言うしかないんだけど。

ただ、俺は言いたい! そこまで『エンドゲーム』がどうなるか気になるようなやつは、もう見てろ! ありえねえだろ、この時点でまだ見ていなくて! で、これを先に聞いているなんて。ありえねえからな? フフフ(笑)。という風には言っておきたいですけどね。ということで、『エンドゲーム』のネタバレはします。ちなみに、もちろんそこもね、さすがMCUで。

仮に『エンドゲーム』を見てなくて、本作からいきなり見始めた人、要するにそれほどMCUにそこまでこだわりがなくて、「ああ、『エンドゲーム』は見てないけど」っていう感じで見ても、何が起こったか、本作の理解に最低限必要な情報は、しっかりわかるようにちゃんと作ってありますんで。そこはご安心ください。ここから入っても全然大丈夫。

■『エンドゲーム』で神格化の極に達したMCUを、改めて冷静に相対化する試み

しかもそれが、そのね、「こういうことが起こりました」って伝えるくだりが冒頭に来るんですけど、ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」が流れ出すわけですよ。例の『ボディガード』の主題歌ですよね。「エンダ〜〜〜ッ♪」ですよね。それが流れ出して。しかも、妙にチープな、いかにも素人がパソコンで編集したような映像で。要はあれですよ。そのへんの結婚式で流れるVTRっぽいクオリティーですよ。そういう映像で流れだして、伝えられているあたり。

もちろんそれには理由があるわけです。その直後にら本当に爆笑物の種明かしがされるんだけど。このあたりやっぱり、前作『ホームカミング』のオープニングで、『シビル・ウォー』でスパイダーマンが初登場した時の……『シビル・ウォー』っていうのはすごくやっぱり重たい、「大きな物語」だし、登場してくるのはもうね、めちゃめちゃすごい力を持った人たちが活躍するんだけど、それを普通の人々の、「小さな物語」の視点から、相対化して見せてましたね。

『シビル・ウォー』をスパイダーマンの視点から見ると、「うわっ、すげえ、すげえ!」っていうんだけど、なんか改めてスマホの画面で見ると、バカっぽくもあるっていう(笑)。そんな感じのと同じスタンスですね。すでに楽しいわけですけど。で、まあとにかくその、『エンドゲーム』後の世界。8ヶ月後っていう世界らしいですけど、それを見せる。そこから始まるわけですね。

あのサノスの指パッチンで、世界の人々の半分が消えた。で、5年後にそれが帰ってきました。で、その帰ってきたその瞬間を捉えた、やっぱりその素人撮影スマホ映像風映像も、これは『エンドゲーム』を見た多くの人が疑問を抱いて、議論した話なんですよ。つまり「『同じ場所に戻ってくる』っていうことらしいけど、それは……危なくね?」っていうのを(笑)、ちゃんとそれを映像として、相対化して、茶化して、しっかり見せてくれる。たとえば飛行機に乗っていた人とか、もう命はないですよね(笑)、みたいなこととかがあるんだけど、それを相対化しつつ茶化しつつしっかり見せて、っていう。これも非常に愉快なんだけど。

で、事程左様にですね、本作『ファー・フロム・ホーム』は、『エンドゲーム』で一旦行くところまで行った感のある、問題の巨大化。それに伴う、ヒーローたちの現実離れ化、ファンタジー化、神格化、神話化っていうのを、生身の人間の視点から、改めてちょっと冷静に相対化して見せようという、そういう意図・構造を実は持っている。メールにもあった通り、だから僕が『エンドゲーム』評で「もう完全に市井の人々は関係ない話になっちゃったよね」って言っていた、まさにそこを埋める作品になっているわけですよね。

■トニー・スターク不在の世界でプレッシャーに悩むピーター・パーカー

で、そこを一身に象徴する存在が、冒頭から非常にド派手に……メキシコの片田舎、そこにドーンと登場する、謎の化物。そしてそこにボーンと颯爽と登場する、ミステリオというキャラクター。これ、ちょっとでも原作コミックについて知識がある人なら、僕も元のコミックのミステリアのくだりは読んでたんで、まあちょっとでも知識があれば、「えっ、ミステリオって、だって……?」ってなる名前なんですけども、まあそれは置いておきましょう。

とにかくそのミステリオことクエンティン・ベックさん。それを演じているのは、我らがジェイク・ジレンホールですね。「ギレンホール」より「ジレンホール」の方が実際の発音は近いみたいなんですけども。まあ、このキャスティング! もうこれしかない!(笑) ちゃんと新アベンジャーズのリーダーとして迎えてもおかしくない貫禄と……っていうあたり。絶妙!

なんですけども、とにかく彼はその多元宇宙、マルチバースの、他の次元の地球、それも「アース833」から、この映画の中の作品世界である「アース616」にやってきたんだ、なんてことを言うわけです。これ、原作コミックにおけるマルチバースの概念とか呼び名を、そのまんま言ってるんですよ。ちなみにMCUはその基準で言うと、「アース199999」ということらしいんですけども。で、あと彼、ミステリオが着ているコスチュームも、元の原作コミックをもちろんかなり忠実に再現しているんですよね。あの金魚鉢もね(笑)、見事に再現してるんだけど。

戦い方とか動きも含めると、なんか部分的にはドクター・ストレンジ風だったり、アイアンマン風だったり、ソー風だったり。要は、アべンジャーズのおいしいところ取り風なバランスになってるわけですね。で、その存在感がまた、『エンドゲーム』後のこの劇中の世界、彼らが……まあ言っちゃいますよ、彼らが不在の物語世界で求められる、人々の不安や願望を埋めるヒーロー像として、ピタッとハマるようになっている。で、それはもちろん同時に、トニー・スターク=アイアンマンというメンター、師であり、ある種の父的な存在でもあった人を失った主人公ピーターにとっても、願ったりな存在なわけですね。

「ああ、この人なら頼れるかも」っていう存在。彼は今回、修学旅行でヴェネツィアやプラハに行くわけですけど、行く先々で、アイアンマンの巨大な絵があるわけです。しかも、上にドーンとあることが多い。それが彼の心にのしかかるように、ドーンと描かれている。しかも、やっぱり世界を救った英雄中の英雄としてですね、それらの前に花とかロウソクが供えてあったりして、要は、やむを得ないことなんだけど、一種の神格化が進んでいる、っていうことがわかるような感じになっているわけです。

で、ピーターはいよいよ、もうトニーが元のトニーよりもデカい存在になっちゃっていて、自分にその代わりなんか無理だ!って悩みだす。まあ実際に彼はまだ、16なんですよね。で、さっき言ったように、自分のアイデンティティを確立する、「何者かになる」ための模索やもがきっていう意味で、特にこのジュヴナイル度の高い、少年度の高いこのトム・ホランド版スパイダーマンは、ヒーロー活動と、学生生活、青春の日々は等価……どころか、なんなら後者をやっぱり本当は優先したいよ!っていうぐらいの年頃なわけですよ。

■「真実」が明らかになる中盤のシーンこそ本作の白眉

まあ、そんなこんなで、修学旅行の珍道中。恋の鞘当てあり、例によっての正体を隠すためのドタバタあり。あとまあ、先生たちとかクラスメイト……特にやっぱり先生チーム、最高ですよね、あれね。自撮りなんだけど、「他撮りを装った自撮り」の失敗、とかさ。フフフ(笑)。もう最高ですけどね。オフビートなやり取り、相変わらずたまらないものがありますし。あと、時折挟まれる、やっぱりMCUだから、修学旅行珍道中なのに、それに似つかわしくない、スケールのデカい背景が急に出てきて。それのアンバランスさのおかしさもあったり、とかも面白いし。

これが、今どき珍しいほどベタな観光映画になってる、っていうことですね。昔だったら『007』とかが果たしていたような、観光映画。だってさ、ヴェネツィアで運河とかボート、それもそうだけど……オランダって来て、チューリップ畑と、風車を映すんですよ? 今どきそんなバカな映画、あります?(笑) まあそれも楽しい、というあたりでね。で、まあとにかく、そんな少年主人公・パーカーの無垢な苦悩が、ひとつの答えを、中盤で出すわけです。映画のちょうど真ん中あたりで、彼なりに悩んだ末に、ひとつの、彼なりに誠実な答えを出すわけです。

そこで……全てがひっくり返る、どんでん返しが用意されている。これはもう、私は具体的には言いませんので、ぜひ劇場で見てください。ピーターが、ある店にいるわけです。で、店を出て、プラハの街を歩き去るのを、カメラはずっと店の中にいて、ずっとそれを見送るわけです。で、その見送るカメラワークのまま、グーッっとカメラが、ワンカットで店内を見渡していくわけです。そうやって見渡して、こう、ずーっと店の中を映し出していくに従って……次第に「真実」が露わになっていく。そしてある人物が、瞬間的に、まさにカメレオン的に、変貌する。このショット。まさにこれ、前作の車内での会話シーンに匹敵する、もしくは凌駕する、まさに本作の白眉ですね。本当に鳥肌が立つような、見事なショットだと思います。

なんとなく予想がついてた人でも、やっぱりこのワンショットで……つまり、いちばんいいところからの、最悪!っていうところを一瞬で見せる。ここ、まさにジョン・ワッツ的な「本当に怖い大人」っていうのが浮上する、ダークな展開なわけですけど。同時に、さっきから僕が言っている、『エンドゲーム』で行くところまで行ってしまったヒーローの神話化、「もう普通の人と関係ないよね」っていう神話化。もっと言えば、これもメールにあった通り、我々がいままさに見ている、MCU的なエンターテイメントの構造そのもの……人々が求める幻想を的確に供給しさえすれば、みんなは満足するんでしょ?っていう、こういうエンターテイメントのあり方そのものに対する、痛烈な自己批評にもなっている。

なおかつここは、一種のケイパー物でもあるわけです。しかも、ケイパー物のチームのメンバーは、「負け犬たちのワンス・アゲイン」要素もあるわけですよ。で、しかもここは、MCUを継続的に見てきた人ほど、「ああーっ、あそこにいたんだ! あそこのあいつだ!」とかで、見事な唸らされる、細かいとこを拾うなー!っていう回収ぶりを見せて。つまりここはね、ちょっと痛快でもある。ダークなんだけど、ちょっと痛快さもあるような、そういう仕掛けにもなっている、というね。

■ピーター・パーカーはトニー・スタークの何を継承したのか?

なので僕はね、それだけに、あの「チーム」の顛末っていうのを、もうちょっとしっかり描いてほしかった。1人1人、(登場場面は)ちゃんとやっていたんだから、彼らの退場もしっかり描いてほしかったな、っていうのは正直、ちょっとこの映画の、数少ない不満点でもあるんですけど。まあでもね、とにかくたしかに、「トニー・スタークって、そんな神様みたいな、立派なだけの人だっけ?」っていうことですもんね。それを我々も思い出すわけですよ。そしてそれは同時に、ピーターがずっと悩まされてきたコンプレックスを……これは(MCUの成功の道筋を作った大功労者である)ジョン・ファブローが、今やね、責任何もなしで(笑)、心底楽しそうに演じるハッピーという、あの警備係。彼がですね、まあ彼のコンプレックスを、スッと解いてあげるわけです。

「いや、トニーってそういう人じゃなかったでしょ?」っていうことを言ってあげるわけです。だから、それと裏表になってるわけですよ。そのダークな展開と。これも脚本が非常によくできてますし……だからこそその後で、ピーターがすっくと立ち上がって、何をしだすかというと、1人の開発者、科学者、研究者、要は「自分で作る人」として、すっくと立って動き出す。そしてその姿を見て、ハッピーは「これこそがトニー・スタークと重なるところだ!」っていう風に、にんまりするわけです。

だから僕はやっぱり、トニー・スタークのその実像と彼の成長を重ねる、っていうのはこれ、とっても上手くできている(と思う)。トニー・スタークの美点って、ここなんですよ。「自分で作ってる」っていうことなんですよ! ただね、ピーターよ、その曲はツェッペリンじゃないぞ!っていうね(笑)。そういうツッコミどころもしっかり、いい場面に限ってそういうのを入れるあたり、これも本当に上手い、演出のバランスだと思います。ということで、まあ『キャプテン・マーベル』とはまた違った意味で、しかし同じく大きなどんでん返しの仕掛けが途中である作品なので、これ以上ちょっとあんまり具体的なことは言いたくないし、言えない、っていう感じなんですけど。

■およそ隙のない、見事な出来映え。MCU全体でもトップクラス!

あえて言えばやっぱり、特にベルリンでのシークエンス。要は観客にももう、何が現実か、本当のことがわからなくなるくだり。このまさに悪夢的な体験をするくだり。それはもちろんですね、この話全体が……ピーターがMJ、好きな女の子に、二重の告白をしますよね? 二重に隠してて、二重に告白する。あるいは軽いところだと、メイおばさんとハッピーの関係、最後のところで告白するのかどうか……みたいな。とにかく、「本当のことを伝える」ことをめぐる話なんですよね、この話は、全体が。

というののメタファーに(ベルリンの悪夢的シーンは)なっていて、そのスリリングさもある。あとはやっぱりこれ、舞台がベルリンという都市……そのベルリンという都市の、歴史的二重性も当然、ここは重ね合わされているあたりで、これもよくできてるな、というあたりだと思います。しかも、本当のことを伝える、もしくは、本当のことを理解する、っていうことが、クライマックスでピーターがヴィランに勝利する、ロジックにもなっているわけです。上手いね、これね。脚本が本当に上手い!

あとはもちろん、恋愛という言葉よりももう少し幼い、ピーターと、ゼンデイヤさん演じる、前作のラストでこれは本作におけるMJだということがわかるミシェル・ジョーンズ、お互いのその、不器用だからこそキュートな、心の距離の詰め合い方。これでもうキュンキュン来ますしね。ゼンデイヤさん、いいですね。とっても2人とも芸達者で、本当に上手いし。

前作同様に、ラモーンズやゴーゴーズや、今回はスペシャルズも出ましたね、ポップ選曲の妙、これも素晴らしかった。そして、最後の最後。これ、トム・ホランド版としては実ははじめて、ついに「ニューヨークの摩天楼をスイングするスパイダーマン」が見られるわけです。あの、ビルのミラーに反射するところなんか、「まるでサム・ライミ版スパイダーマンのオマージュだな!」みたいな風に思っていたら……いわゆるミッドクレジットシーン、一旦終わったと思わせてからの続きのシーンで、まさかの、サム・ライミ版とのクロスオーバーが!

しかもそこでですね、これね、ジョン・ワッツさんやクリス・マッケーナさんも……これは日本のサイトの『THE RIVER』っていうところの記事で整理して書いてあったんですけど、ジョン・ワッツやクリス・マッケーナさんも、「これはちょっと、自分で自分の首を絞めてるかもしれないけど、マーベル・スタジオ側が『リスクが高いアイデアを考えろ』って言うから、超リスクが高い、いわゆるクリフハンガー、引っ張りを考えて……あとはこれをどうクリアするか、これから考えます!」(笑)みたいなことを言っているような、とんでもないクリフハンガーが用意してあって。で、最後に前作と全く同じセリフで締める、っていうね。これもスマートでしたね。

ということで、実際ね、「どうするんだ、これ?」っていうところ、ありますけども。とにかくですね、この『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』という作品単体に関して言えば、本当に周到な脚本、最高レベルのキャスティングと演技・演出、そしてもちろん隙のないVFXに、私がさっきから言っています、作品そのもの、シリーズそのもの、ジャンルそのものに対する鋭い批評性までも盛り込んで……でも最終的にはスカッと笑わせて、次への興味も強力に引っ張る。もう、およそ隙のない、見事な出来だという風に思います。

MCU全体で言ってもこれ、トップの出来じゃないでしょうか? あと、なんか「二作目は傑作」の法則、またしても、っていう感じがあるかなという風にも思います。トム・ホランド、本当にピーター・パーカーの決定版になったんじゃないでしょうか。ただ僕、ジョン・ワッツ監督はちょっとそろそろ、非ヒーロー物も見たいかな?っていう感じもしますけども。文句なしの傑作、出てきました。ということで『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』、ぜひ劇場でウォッチしてください!

(以下省略 〜 来週の課題映画は『トイ・ストーリー4』です!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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