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地域医療の向上に取り組む元WHO事務局長・尾身茂さん(JCHO理事長)

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
8月17日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」は、元WHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局長で、現在は独立行政法人「地域医療機能推進機構(JCHO)」理事長の尾身茂さんをお迎えしました。

外交官志望だった尾身さんの人生を変えた数奇な出会い、世界の脅威となった感染症との闘い、そしてこれからの日本の地域医療まで、いろいろなことをおやりになってきた方なので話は大いに広がりました。

週に1回、剣道の稽古


スタジオにさっそうと現れた尾身さんは、背が高く締まった体つきでとても若々しい。ラジオが終わったら剣道の稽古に行くということで防具を入れた大きなバッグを持っていらっしゃいました。剣道は中学・高校時代にやっていて、63歳のときに半世紀ぶりに再開してから続けているそうです。

尾身茂さんは1949年、東京都生まれ。へき地医療の担い手を育てる目的で設立された自治医科大学の1期生として外科や産科などを学び、卒業後は東京・伊豆七島の診療所などで地域医療に従事しました。厚生省(現・厚生労働省)を経て1990年、40歳のときにWHOに転身。西太平洋地域事務局で、当時世界で蔓延していた小児麻痺「ポリオ」を根絶し世界にその名が知られました。49歳で事務局長に就任してからは世界規模で感染が拡大したSARS(サーズ)の制圧にあたり、陣頭指揮を執りました。

外交官志望から医師へ


「思った通りにならないのが人生」――。尾身さんはそう言います。それは悪い意味ではなく、そこが面白いということ。高校3年のときにAFS(アメリカン・フィールド・サービス)の交換留学生として1年間アメリカで過ごした尾身さんは、人種を越えた交流に魅了され、東京大学法学部に入って外交官になろう決めました。ところが帰国してみると東大は学園紛争のまっただ中。翌年には安田講堂事件で大混乱となって入試は中止になってしまったのです。もしこのとき東大入試が行われていたら、WHOのリーダーになることもポリオの撲滅に貢献することもなかったでしょう。

尾身さんは慶應義塾大学法学部に進みますが、当時の大学は権力を敵視する学生であふれていましたから、外交官志望だった尾身さんは「この仕事は権力の手先なんだろうか…」と悩んでしまいました。学生運動で授業はほとんどなく、本屋で哲学や人生論の本を立ち読みをする毎日。そんなとき、たまたま手にしたのが精神科医・内村祐之(うちむらゆうし)が書いた『わが歩みし精神医学の道』という本。それまで微塵も考えたことがなかった「医師」という仕事が、尾身さんの胸に強烈に刻まれました。

「悩みを系決してくれる救世主のような感じで、『これだ!』と思っちゃった。すぐに退学届けを出して。父親は激怒です(笑)」(尾身さん)

1冊の本との出会いが尾身さんの人生を変えたのです。ちなみに内村祐之という人は内村鑑三の長男で、東京帝国大学教授から国立精神衛生研究所の所長となった人物。1960年代にはプロ野球のコミッショナーも務め、プロ野球の発展にも大きく貢献したのです。

「私の人生は偶然の出会いが重なってここまで来た」と言う尾身さん。ここでもうひとつ、大きな出会いが訪れます。慶應大学を中退して、文系から理系へ転向(医学部受験)するために猛勉強をしていた秋のこと、新聞で「自治医科大学、1期生募集」という広告を見つけたのです。卒業後は出身都道府県の公立病院を中心に地域医療に一定期間、従事することになるのですが、その代わり学費は無料。返済不要の奨学金もあるということで尾身さんは猛勉強の末、この大学に入学しました。この自治医科大学というのは、へき地・地域医療の担い手を養成するという目的で各都道府県が出資して設立された学校なんです。尾身さんは卒業後、都立墨東病院の研修医を経て、伊豆七島の勤務医となりました。離島の診療所で働いた経験は、尾身さんの人生を大きく方向付けることになります。

島に1人ないしは2人しかいない医師となると、いろいろなところに顔を出すことになります。市長、村長、役所など、行政のトップと話す機会も多いのです。まだ30歳そこそこの青年医師が小学校の入学式に呼ばれて来賓として挨拶するなんて、都会の大きな病院で働いているときには経験しないことです。つまり、一人ひとりの患者を診るだけでなく、社会に関わらざるを得ないということなのです。それが尾身さんには性に合っていたのです。

「医療だけでなく、広い社会の物事、社会の動きや仕組みを見るのが面白いと思いました」(尾身さん)

WHOで感染症対策に情熱注ぐ


元々、外交官志望だった尾身さんは早くから「世界」を意識していました。そこに離島の診療所の経験も重なって、社会やお金、国際関係というものまで含めて広い視野で医療を見たいと思うようになっていました。そんなとき、高校のときに一緒にアメリカに留学した友人に進められたのがWHOの仕事でした。すぐに「これだ!」と思った尾身さんは1990年、40歳のときにWHO西太平洋事務局に入りました。日本を離れて事務局があったマニラで20年間、感染症対策に取り組みました。最初の大きな使命は「ポリオ」の根絶でした。日本では1960年代に猛威を振るいました。50歳以上の方なら「小児麻痺」という病名を怖ろしく聞いていた覚えがあるのではないでしょうか。80年代には世界でポリオが蔓延し、患者は125ヵ国35万人にのぼっていました(1988年のデータです)。そこでWHOは1988年の総会で2000年までにポリオを世界中から根絶する計画を決め、プロジェクトを進めました。尾身さんが西太平洋事務局に入ったのはちょうどその頃です。当初は「無理ではないか」という声も多かったのですが、西村さんは西太平洋地域で指揮を執り、見事、2000年にポリオを根絶したのです。

「まあ大変でした。家族サービスや子供と遊ぶ約束なんか反故にするぐらい。でも夢中になるぐらい面白かった。人類の病気を根絶するなんて壮大な夢ですよね。これを国際的なチームで寝食を忘れてやる。これは大変だった、確かに。でも1個、1個の課題を解決するのが楽しかった」(尾身さん)

尾身さんは当時を振り返って「私の第二の青春でした」と言います。世界に功績が認められた尾身さんは、49歳のときに西太平洋事務局長に選出されました。後半の10年間では、2003年に世界中で感染が広がった「SARS(サーズ)」の制圧に尽力しました。今も世界では、平均すると1年にひとつ新しい感染症が登場しているような状況だそうです。

今は日本の地域医療に取り組む


尾身さんは今、全国に57の病院を持つ独立行政法人「地域医療機能推進機構」(JCHO)の理事長として日本の地域医療の向上に取り組んでいます。また、NPO法人「全世代」を立ち上げ、医療を超えた社会問題にも様々な提言を行っています。

今、各地の自治体や医療機関は医師、看護師、介護士など地域医療を支えるスタッフを獲得するのに必死です。そういった医師不足、医師の偏在を解消するために医師などを派遣するのがJCHOの重要な役割です。これから団塊の世代の医師が続々と定年退職を迎えるので、そういう医師のセカンドキャリア、セカンドライフとして、医師が足りない地域への再就職を提案しています。

また、幅広い領域の診療を行う「総合診療医」を育てることも重要な課題だと尾身さんは言います。医療が高度化するにつれ専門化も進んでいます。これはもちろん大事なことですが、タテ割診療による弊害もあります。専門医だけでなく、質の高い総合診療医も増やしていくことによって、全体としてきめ細かく、患者に寄り添う医療が実現できるということです。

さらに、「病院内保育所」(医師や看護師、職員の子どもたちが利用するために院内に設置された保育所)を地域に開放して、待機児童問題の解消につなげようということもNPOで提案しているそうです。

「私は海外で長く働いてきて感じたのですが、日本も自分たちの社会やコミュニティをよくするために、そろそろ政治家やお役所に頼るだけの時代ではなくなったと思います。むしろ積極的に政治家やお役所に意見するようにならなければいけない。面倒だと思う人もいると思いますけど、社会に参加しているという意識があれば、楽しいものですよ。本来、『パブリック』とはそういう意識だと思います」(尾身さん)

尾身茂さんのご感想


久米さんはさすがにうまいですね。本番前に学生運動の話を始めたりして、なんだか放送しているという意識がなくて昔の友人とおしゃべりをしているような感じになるほど。だからついついこちらも乗って話をしちゃう。楽しい30分でした。孫にぜひ今日の放送を聞かせたい(笑)。

テレビでやってらしたときよりラジオの久米さんはリラックスしているようでしたね。ありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:尾身茂さん(地域医療機能推進機構・理事長)を聴く

次回のゲストは、文筆家・イラストレーターの金井真紀さん

8月24日の「今週のスポットライト」には、『パリのすてきなおじさん』『酒場學校の日々』といったイラスト入りのエッセイ本をお書きになっている文筆家・イラストレーターの金井真紀さんをお迎えします。いろいろな「おじさん」を観察するのがお好きだそうで、ご自分のことを「おじさんコレクター」とおっしゃっています。最新刊は『虫ぎらいはなおるかな?』。虫の達人たちに話を聞いた、面白い本です。

2019年8月24日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190824140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)