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日本にも暮らす無国籍者。10周年を迎えた「無国籍ネットワーク」の活動を紹介する

人権TODAY

毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で放送している「人権トゥデイ」。

様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

今回のテーマは・・・日本にも暮らす無国籍者。10周年を迎えた「無国籍ネットワーク」の活動を紹介する。

 

無国籍者、つまり、国籍を持たない人を支援する横浜のNPO法人「無国籍ネットワーク」の活動が10年を迎えました。「国籍を持たない人」がなぜいるのか、すぐには想像がつかないかもしれません。国籍を持たない、あるいは失う理由には様々なものがあります。

「無国籍ネットワーク」の代表理事、早稲田大学の陳天璽教授は中華民国、台湾から日本に来た両親が、日本と台湾が国交を断絶した時、国籍を失い、大陸の中華人民共和国の国籍も選ばなかったので、無国籍になり、陳さんも無国籍で日本で育ちました。30歳を過ぎて日本国籍を取っています。

陳代表理事が中心になり、「無国籍ネットワーク」を設立したのですが、先月の24日、早稲田で10周年記念シンポジウムが開かれ、理事の三谷純子さんは「長い間続けてこれたのは、一番大きいのは、会員のみなさまに支援していただいたこと、それから私たちの団体は、無国籍の方も団体の中にはいってもらっていておりまして、陳自身も元無国籍者ですし、日本人の人が支援するのではなく、一緒にやっていこうという気持ちでやっております」とあいさつしました。

無国籍者と言っても、なった経緯や、在留資格のあるなし、年齢、家族がいるかなど、状況によって、「国籍がないために」抱える悩み、問題は様々です。無国籍ネットワークでは、相談に答える窓口、知ってもらう「広報活動」、そして、無国籍者を含めた「交流会」などをこの10年開いてきた。

そして、無国籍者、元無国籍者に話を聞くイベントの内容が、このほど、本にまとめられ、発売されました。「移民がやってきた アジアの少数民族、日本での物語」山村淳平・陳天璽、無国籍ネットワーク協力 (現代人文社) です。

この日は、本に登場する方も登壇しました。長谷川留理華さん、29歳。ミャンマーでは国民として認められず、迫害されるロヒンギャ民族です。無国籍の状態で、日本に12歳の時、難民として逃れました。民族の名前はルイン・ティダさん、群馬県で暮らし始め、いまは日本国籍を取っている長谷川さんは「日本語わからないので、いじめがすごかったです。人生で一番戻りたくない時期はいつ、と聞かれたら、中学校に戻りたくないです。 こいつはいつもカレー食っているから肌の色がこんななんだといういじめが始まって。苦労したのはハラルフード。イスラム教しか食べられない食事に苦労した覚えがあるので、今は子供たちは給食食べているけど、食べられるお肉の料理だけ持たせているんですね。日本は、これからイスラム教徒の人が増えてくる。なんてことないこと、小さいことで構わないので、ハラルということを知ってもらうだけでも構わないので、たかが食事、されど食事ですから」と語りました。

また、塩田ドルジさんは、中国のチベット自治区から迫害で逃れてきた両親のもと、ネパールで生まれ、ネパールも中国の国籍もありませんでした。23歳で日本に留学、作業療法士の資格を取って、今は日本国籍です。複雑な環境で生まれたので、いろいろな言葉を話せ、勤務先のクリニックで始めたことについて、塩田さんは「ここは日本なので、日本の患者さん診るのは当然ですけど、常に考えていたのは、これからどんどん日本には外国人が増えてくると思うんですけど、言葉がわかんない。特に医療分野については、専門用語になってしまう、何を言っているのかわかんないのが一番問題だと思うんですね。私もパーフェクトではないんですが、5か国語できるんですが、私の対応できる言語、私が診ますよ、ということで、日本で初めてといっていいと思うんですが、多言語に対応できるリハビリテーション科を立ち上げました」と説明します。

このほかにも、例えば、ベトナム難民で、現在は教会のシスターとして、ベトナムからの技能実習生、留学生の言葉の相談、労働相談、最近は特に「妊娠」の問題に取り組んでいる女性も話をしました。この女性は、ベトナム国籍は事実上失い、日本国籍は取っていないので、今も「無国籍」です。難民としての在留資格で日本で長年暮らしています。

私は「無国籍ネットワーク」が設立された頃から、折に触れてリポートしてきました。「無国籍者」一人一人の様々な境遇、状況、課題に触れる一方、日本社会が誰でも暮らしやすくなる社会になるためのヒントもたくさん得られると思います。

10周年のシンポジウムの最後には、「無国籍ネットワーク」の陳代表理事が「これからも、無国籍であっても、国籍があってもみんなが一緒に集える、そんな寄り添える場が、このあともこれからも、いつまでも続けばという風に思っています」とあいさつして締めました。自分の暮らす社会、街にも「無国籍者」が暮らしている、という視点を忘れないようにしたい、と崎山記者もあらためて思いました。