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内田也哉子が語る、母・樹木希林の生き方、考え方

ACTION

9月13日(金)のゲストは、文章家・俳優・音楽家の内田也哉子さん。9月15日が命日の母・樹木希林さんの生き方や考え方について武田砂鉄さんが伺います。

内田:家は母と父がとても破天荒の極みでした(笑)だからこそ、当たり前に生きるということがとても尊いものとして叩き込まれてて。だから私としてはとてもバランスが取りづらい。過激なものを見て育った割には、普通であることが素晴らしいと教わって。自分でも過激なものは危ないことだと分かっているので(笑)常にバランスを取ろうと中庸を目指して。

で、自分の家庭は普通にお父さんとお母さんは1つの家にいて、子どもたちを育てるオーソドックスなスタイルで。それを経て、父親が家庭にいないことがこんなにも歪だったことを思い知って。それは私が初めて結婚して体験して分かることでしたね。私の場合は最初から家庭に父がいなかったので、それが普通だと思っていました。家庭を作って父が家にいると、「こんなことも手伝ってくれるのか」と思ったり。良い悪いとかこうあるべきという話じゃないですけど、いろんなパターンは経験できました(笑)

武田:希林さんの晩年のインタビューで「なんで自分たち夫婦は破天荒なのに、也哉子はあんなに素直に育ったのだろう?」と疑問に思ってたみたいですが、逆に言うと、希林さんは最後まで疑問に思ってたのでしょうね。

内田:まぁ、でも分かってたと思いますよ。子どもたちはバランスを取らざるを得なかったんだろうなって。

武田:希林さんはよく「どうせ私は死ぬんだから」とおっしゃっていましたが、だからこそ生きることへの着眼は研ぎ澄まされていたんだなと思います。

内田:私が小さいころから、知り合いが亡くなると必ずお通夜に連れて行くんです。で、「顔を見なさい」と言うんです。それがすごく嫌だったんですけど、後に聞くと、「さっきまで生きていた人がパタっと死ぬんだよ。つまり人生は儚いんだから、今生きている人たちが鮮やかに生きているということを、間接的に見せたかった」と言ってました。

で、今ってなかなか家庭の中で死って見られないじゃないですか。そういうことも含めて母が二世帯住宅で同居したいと言った理由も、「私の老いていくさまを、そして死んでいくさまを見せたい」と言っていて。私としては困っちゃいますが。たとえば病院の治療のときも、お医者さんが「娘さんは席を外してください」と言っても、「いや、あなたはここで見ていなさい」と。「こんな処置をされて、痛みを取ったり、生きようとしたりするさまを見ていろ」と。なにか、自分の人生を身をもって教えて、分からせる精神でしたね。

武田:希林さんが亡くなる瞬間を見たときに也哉子さんは、死の瞬間とご自身が子供を産んだ瞬間は尊さがリンクするものがあったと答えられてますね。

内田:もちろん悲しい出来事だし、病院からやっと家に帰ってきて、それからたったの12時間後に亡くなったので。それは想定外で衝撃もあったんですが。やっぱり「家で死にたい」と言ってたのはそういうことで。日常の中で、食卓があって居間があってという中で、自分が営んできた生活の中で当たり前に命が消えていく。蝋燭の火が最後の芯のところでフッと消える。そういう達成感が変にあって。多分、母の中にもあった気もして。

私達家族も、ほんの数時間でも帰って来れて、それでホッとした母の顔が見れて。長女だけ除いてですが、父(内田裕也)ですら電話で叩き起こして、母の耳元に電話を近づけて「何か言ってくれ!」と。ほとんど動揺していただけですが(笑)孫が母の手を握って父が話をして声が聞こえると、「ギュッと力を入れて手を握り返して驚いた」と言ってましたね。なにか一体感というか、家族というなんの縁か分かりませんが。今回の母の人生で出会った人達が、その途中は家族はバラバラでしたが(笑)、でもなにか一つのものを共有できたという温かさはありました。

希林さんの、人間に厳しくも温かいお話がたくさん出ました。ゲストコーナー全編はradikoのタイムフリーで。

9月13日のGUEST ACTIONを聴くhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190913162830

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)