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シベリア抑留の祖父や父の魂を継ぐ バラライカ奏者・北川翔さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
9月28日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、バラライカ奏者の北川翔さんをお迎えしました。前々回(2019年9月14日)のゲスト、デイブレイク株式会社の木下昌之さんは3代続く「冷凍一家」でしたが、北川さんは3代続く「ロシア音楽一家」です。

日本人唯一のプロ・バラライカ奏者


北川さんは1984年、東京都生まれ。祖父は太平洋戦争の敗戦後の日本にロシア民謡を広めた北川剛(ごう)さん、父は日本人初のバラライカ奏者・北川つとむさん。そういう家庭ですから、北川さんは幼いときからバラライカやドムラなどロシアの楽器に囲まれて育ち、7歳で舞台に立ちました。そして2008年、ロシアの民族楽器コンクールでアジア人として初めて優勝し、現地でも大いに注目されました。現在は日本人でただひとりのプロ・バラライカ奏者として活動しています。

バラライカはロシアの伝統的な弦楽器で、今回、お持ちいただいたバラライカはすこし小さめの「プリマ・バラライカ」。木製の三角形のボディは美しく光っていました。弦は3本で、音階は「ラ・ミ・ミ」。1弦(ラ)はスチール製で、2弦と3弦はナイロン製。ウクレレも3本弦ですが全部ナイロン弦ですから、音色は結構違います。ナイロンとスチールの音が混ざり合ったバラライカの音色は、どこか懐かしさを感じさせます。

シベリア抑留から帰還後、ロシア民謡を広めた祖父


日本では戦後、1950~60年代に「うたごえ運動」や歌声喫茶が最盛期を迎え、全国の職場や学校で合唱サークルが結成されました。そして労働歌、反戦歌、革命歌などが盛んに歌われ、中でも一大ブームとなったのが、ロシア民謡やロシア歌謡でした。「トロイカ」「カリンカ」「ボルガの舟歌」「カチューシャ」「灯(ともしび)」「ステンカ・ラージン」といったロシアの民謡・歌謡が今でもよく知られているのはそのためなんですね。それらの歌を日本に大いに広めたのが北川さんの祖父、北川剛さんです。

北川剛さんは戦前、武蔵野音楽学校で声楽を学んでオペラなどで活動していましたが、太平洋戦争で召集され戦地へ。そして敗戦を迎え、シベリアに抑留されます。辛い捕虜生活の中で、ロシア人たちが労働の合間に合唱する光景を何度も目にするうちに、ロシア民謡を知りました。やがて日本人捕虜の中から楽器や歌、芝居ができる者が集められ、各地の収容所を慰問して回る「沿海州楽劇団」が組織され、そこに剛さんも参加します。楽劇団の中にはバイオリン奏者・黒柳守綱(黒柳徹子さんの父)もいました。1949年に帰国してからは、うたごえ運動の盛り上がりに協力する形で合唱団の指揮者・指導者として活動しました。日本で合唱が盛んになっていることは、シベリア抑留中、日本人捕虜向けに現地で発行されていた「日本新聞」(この日のオープンニングで久米さんが紹介したのがこの新聞です)で知っていたようです。剛さんはロシア民謡専門の合唱団「白樺」も創設。白樺は今も活動が続いていて、2020年には創立70周年を迎えます。

「おじいさんはシベリア抑留を経験なさっているはずなのに、ロシアの音楽とか人々に愛情を持ちました。ソ連に恨みを持たなかったのがなぜかっていうのが、とっても不思議なんです」(久米さん)

「そこはぼくもはっきり分からないので、ぜひ聞いてみたいんですけどね」(北川さん)

「1945年から49年くらいまでおじさんはシベリアにいらっしゃっています。収容所に入れられていた国なんてものは、その後チャンスがあっても二度と行きたくないって思うのが普通の人間なのに、彼は何度も行くんです。1人でも行くし、団体旅行のリーダとしても…」(久米さん)

「合唱団も連れて」(北川さん)

「連れて行くんですよ。どういうことなのか? いくらロシア民謡が素晴らしいと思っても、いくらロシア人がやさしいと思っても、あの景色は見たくないって思うのが…」(久米さん)

「いろんなことを思い出してしまいそうですしね」(北川さん)

「でも、その特質がお父さまとあなたに、ロシアの音楽をプレゼントしたわけです。おじいさまがそういう人じゃなかったら、お父さんもロシア民謡にそれほど突っ込んでいくこともなかったし、あなたも…」(久米さん)

「バラライカは弾いてなかった(笑)」(北川さん)

「弾いてない。つまり、おじいさまの特殊な特殊な人間性なんです、ポイントは。それは何なのかっていうのが不思議でねえ。お父さんからは何か聞いてないですか」(久米さん)

「ええ。父もやっぱり、祖父から戦時中の話はあまりされなかったということは言っていました。収容所生活の話はほとんどしていなくて。ただ、その父がバラライカ奏者を志して初めて祖父と一緒にソ連へ演奏旅行に行ったことがあったんですけど、そのときにはシベリア鉄道に乗りながらロシアの広い大地を見て、『ここからの日の出を見ない限りバラライカ奏者になんかなれないぞ』なんていうことを言われたと言っていました」(北川さん)

父は日本人初のバラライカ奏者


北川さんの父・北川つとむさんは、祖父・剛さんのもとでバラライカの演奏を始め、さらに作曲、指揮も学びました。そして1982年、日本人として初めてバラライカのリサイタルを開き、同じ年、ロシア民族楽器のオーケストラ「東京バラライカアンサブル」を結成しました。1991年にはロシアでソロデビューを果たし、翌年から東京バラライカアンサンブルを率いて6度のロシア公演を行いました。北川さんは父のオーケストラに2001年に入団し、同じ舞台に立つようになります。

「お父さまはすっかりバラライカやロシア音楽に魅せられて、あなたは最初ちょっと馬鹿にしてたんですか?」(久米さん)

「父もそうだったみたいなんですけれども、やっぱり子供の頃にこういう哀愁のある音楽だったりとか、ぼくの祖父はロシア音楽のことを『魂の叫びだ』なんてことも言ってたんですけども…」(北川さん)

「そんなこと子供に言われたって(笑)」(久米さん)

「そう言われても、やっぱりロックとかポップスのほうがカッコイイというふうに普通に育っていたので、〝哀愁〟とか〝魂〟とか言われてもぼくは何もピンとこなかったですし、どっちかと言うと嫌いなジャンルでした」(北川さん)。

小学生の頃からロックに夢中になって中学生の時にはバンドを組んでエレキギターを弾いていた北川さんにとって、バラライカやロシア民謡はいかにも古臭く感じられました。そしてそんな音楽に情熱を傾けている父のことも、どこかでちょっと下に見ているところがあったといいます。ところが、17歳のときに父のオーケストラに入ってロシア公演に同行したときに、それまでの気持ちに大きな変化が起きたのです。

涙しながら指揮する父を見て


「10代の頃、お父さまとロシアの演奏会にいらっしゃって、お父さまが劇場で涙を流しながら演奏するのを見て、さすがの翔少年もちょっと心が動いた?」(久米さん)

「はい。父が指揮を振っている背中というのは客席から何度も見たことがあったんですけども、僕がオーケストラの一員になって内側から父の表情を見ながら演奏するというのは初めてで…」(北川さん)

「顔が見えるんだ」(久米さん)

「指揮者って手とかいろんな合図を出したりするんですけども、父はほとんど顔で指揮しているんじゃないのかなっていうぐらいの表情で。その表情を見て、こっちもそういう演奏しなきゃということも思いますし、やっぱりずっと憧れていたロシアの舞台で演奏するという喜びをすごく父は大切に思っていたので、そこから涙が流れてきて、ぼくももらい泣きしそうになりながら演奏していたんですけども。あのときの演奏というのは、よく『泣きながら食べたご飯の味は忘れられない』ということを言いますけれども、それに近いような感覚というか。ぼくもたぶん、父の表情を見ながら心の中では泣きながら演奏していたのかなという…。そのときにそれまで反発していたものというのが本当に180度変わって、〝哀愁〟とか〝魂〟みたいな、…これは祖父の言葉ですけれども、何かそれがすごく好きになりました」(北川さん)

アジア人初の快挙


それから3年後の2004年、20歳になった北川さんはプロのバラライカ奏者を目指して「ロシア国立ラフマニノフ記念ロストフ音楽院」に特別奨学生として留学。バラライカと、シンフォニー・オペラ指揮法を学び始めました。ところがその留学中に父・つとむさんは49歳の若さで他界しました。

北川さんは父の思いを受け継ごうとロシア留学を続け、2008年、「第7回国際ロシア民族楽器コンクール」のバラライカ部門で第1位を獲得。アジア人としては初の快挙でした。その翌年、北川さんは5年ぶりに日本に帰国し、自身の楽団「北川記念ロシア民族楽器オーケストラ」を創立し、プロとして本格的な活動を始めました。

北川さんの「北川記念ロシア民族楽器オーケストラ」は今年で10周年を迎え、記念演奏会などのイベントに忙しい1年間になっているということでした。

北川翔さんのご感想


祖父のシベリア抑留の経験を話を久米さんがされて、『捕虜になったのにその国を好きになるって…』と何度もおっしゃっていましたけど、そう言われると本当に不思議だなあと。最近あんまりそういうふうには感じていなかったので、改めてそういうふうに思うこともできました。

その祖父のおかげで今こうやってぼくもバラライカを弾けていますし、いろいろ気づかされる部分があって、楽しかったです。ありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:北川翔さん(バラライカ奏者)を聴く


次回のゲストは、受刑者専門求人誌を発行する三宅晶子さん

10月5日の「今週のスポットライト」には、刑務所の受刑者向けの求人情報誌を作っている「株式会社ヒューマン・コメディ」の代表、三宅晶子さんをお迎えします。出所したあとの社会復帰を後押しするために日本で初めて受刑者専用という異色の求人情報誌を作って全国の刑務所や少年院などに配布しています。

2019年9月28日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190928140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)