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宇多丸、『アス』を語る!【映画評書き起こし 2019.9.27放送】

アフター6ジャンクション

 

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『アス』(2019年9月6日公開)。

オンエア音声はこちら↓


宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し て評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品『アス』。2017年の監督デビュー作『ゲット・アウト』で第90回アカデミー脚本賞に輝いたジョーダン・ピール監督によるサスペンススリラー。自分たちとそっくりの姿をした謎の存在に襲撃される家族の恐怖を描く。主人公のアデレードを演じたのは、2013年の『それでも夜は明ける』で第86回アカデミー助演女優賞を受賞したルピタ・ニョンゴということでございます。

ということで、この『アス』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多め」! そうですか。注目度が高いってことですかね。公開規模はそこまでめちゃめちゃ大きいっていうわけじゃないんだけど。ということは、やっぱり注目度が高いんですね。

賛否の比率は8割が「褒め」。高評価の声が多しということです。褒めている人の主な意見は「最後のオチでうなった。アメリカ批判としてもよくできている」「スリラー映画、ホラー映画としても本当に怖く、気味が悪い」「緊迫感のあるシーンの中に挟まれるユーモアも上手い。客席からも笑いが起こっていた」などなどがございました。否定的な意見としては「さすがに話に無理がありすぎるのでは?」「オチがきれいにまとまりすぎでかえって底の浅い印象になっている」などがございました。

■「『ゲット・アウト』の5倍好き。特に優れているのはラスト」(byリスナー)

その中から、代表代表的なところをご紹介いたしましょう。「くさむすび」さん。15歳。最近、若い方が多いね。嬉しいね。「『アス』、見ました。個人的には『ゲット・アウト』の5倍好きです。ホラーというジャンルである必要性を最大限に活かして観客に伝えたいメッセージを送りやすくするという上手さ。単純に娯楽映画としても面白いのですが、そこにアメリカのいまの貧困問題などを絡めることによって、考察すればするほど作品の怖さの本質が見えてくるというのは『ゲット・アウト』の時と同じだと思いますが、僕が『アス』が『ゲット・アウト』よりも優れている点はラストだと思います。

最後、映画のタネ明かしをわかりやすくすることによって強調される鳥肌の立つ恐怖を観客に植え付ける演出になっているラスト、完全に打ちのめされました。家族結託スラッシャームービーとしても面白いし、探れば探るだけ楽しいよく作りこまれた映画。とても楽しめました」というくさむすびさんでございます。

一方、ちょっとダメだったという方。「どんぶりころころ」さん。「『アス』、かなり期待して見に行きましたが私はダメでした。前半まではとてもワクワクしながら見ていました。ですが、後半明らかになる『私たち』の正体とその後の展開にはかなり疑問を抱きました」。それでちょっとネタバレ込みで書いていただいて……。

「……後半からは話がつながっていないと感じました。貧困格差、人種の問題、イギリスから独立し先住民の土地を奪って誕生したアメリカ合衆国という国の成り立ちから、現代アメリカに至るまでの人類の存在、あり方そのものに対する批判ということを描きたかったのではないかと思いますが、それにしてもあまりにも矛盾が気になる作品だったと思いました。あと、私は滅ぼされるべきは人間そのものではなく、愚かな思考や歪んだ社会の制度、仕組みであると考えているので、好きじゃない作品だと思います」ということでございました。

■ステレオタイプにハマらないタイプのアフリカ系アメリカ人を描いてきたジョーダン・ピール監督

はい。ということで皆さん、メールありがとうございます。私もこちら『アス』、TOHOシネマズ六本木で2回、見てまいりました。あとそうだ、輸入ブルーレイがすでに出てるんでね、そちらで見直したりもしました。ということで、2017年の初監督作、『ゲット・アウト』っていう作品が、低予算のホラー映画ながらも、その鋭い社会批評性が高く評価されて……まあここでは、水面下でより陰湿化、そしてちょっと倒錯化した人種差別構造、搾取構造みたいなものを鋭くえぐった、というかね。

監督は、オバマ時代、オバマが大統領になって、人種差別問題はオールOKみたいな……そんなわけねえだろ!っていう、そういうことを突きたかった、みたいなことをインタビューなどでおっしゃってますけどね。その『ゲット・アウト』で高く評価されて、アカデミー賞でも作品賞を含む主要部門に複数ノミネートされ、見事、アフリカ系アメリカにとしては初の脚本賞を獲得して、一躍一流映画作家の仲間入りを果たしたジョーダン・ピールさんの、今回、監督二作目です。これ、町山智浩さんと今週、会う機会が多くて、監督ご本人にインタビューされたということで、「『アス』、見ましたよ」って言ったら、町山さんがいろいろと教えてくれて。

町山さんから聞いたところによると、そのジョーダン・ピールさん、そこそこ育ちのいいニューヨーカーで、どっちかといえばやっぱり、お母さん、育てのお母さんが白人だったりして、どっちかと言えば白人コミュニティー寄りのところで成長をしてきた。ちょうどこのね、今回の本作『アス』の主人公家族のお父さん。これを演じているウィンストン・デュークさん、『ブラックパンサー』のエムバク役ですね。ウィンストン・デュークさんは、もうずばり、ジョーダン・ピール監督本人をモデルにした、と言ってますけども、まさにああいう、中産階級のインテリアフリカ系アメリカ人、という方らしいジョーダン・ピールさん。

ちなみに劇中でお父さん・ゲイブが着ているトレーナーも、ハワード大学っていう、ワシントンDCの名門私立黒人大学ですね。非常にエリートを輩出している。とかでね、彼が序盤、ルーニーズというグループの1995年の大ヒットラップチューンで、『I Got 5 on It』っていう……まあ、ハッパを買う歌なんですけども、それを「これはドラッグの歌じゃないぞ!」って無理やり言い張るところとか、おかしかったりするわけですけども。まあ、要するにいいところの人、っていう感じなんですけども。とにかくジョーダン・ピールさん、そんな感じで育ちがいいので、いわゆるそのステレオタイプな黒人っぽさ、ストリートの、「Yo! メーン!」な感じのそのステレオタイプな感じには、全くハマらないタイプなアフリカ系アメリカ人、でもあるわけですよ。

だから、それゆえの作風っていうのもあるんですね。もともとコメディアンとして、特にそのキーガン=マイケル・キーとのコンビで、『キー&ピール』っていうコント番組を、これ、コメディ・セントラルというアメリカのケーブル番組でずっとやってた人。これはYouTubeでいまでも大量に見れて、面白いんですけども。そこでのネタも……まあそういう人種ネタギャグっていうのは、アメリカのコメディアン、いっぱいやりますけども。

特にアフリカ系アメリカ人のコメディアンはやりますけど、人種差別に直接的にワッと言う、というよりは、その人種的なステレオタイプから生じる、微妙な居心地悪さとか、おかしさ。だから「黒人ってこう見られがちだけども……」とか、そういうようなことも含めた居心地悪さ、おかしさ、っていうのを、ちょっと俯瞰的、メタ的に眺めて見せるような、ちょっとクールな、知的な視点というのがあって。

■知的な面白さにあふれた「SF的寓話」

で、その「キー&ピール」コンビが主演・脚本を務めたコメディ映画『キアヌ』という2016年の映画、これ、日本ではDVDスルーになっちゃいましたけど、これもまさにですね、主人公の2人、育ちが良すぎてストリート的タフさゼロのアフリカ系アメリカ人の青年2人が、ひょんなことからメソッド・マン演じるボスが仕切るギャングのチームに入り込む、という話なわけですね。で、興味深いのはこの『キアヌ』、コメディだし、全然作品のトーンは違うんだけども、すでにいろんな点で今回の『アス』と重なる点が、結構多く見られるな、っていうのが面白いなと思いましたね。今回、このタイミングで見て。

まず話自体が、その社会階層が異なる同胞……同じアフリカ系アメリカ人だけど、社会階層が異なる者同士が邂逅することによるカルチャーギャップ、という話もそうだし。主人公たちが名をかたる殺し屋、アレンタウン兄弟っていうのがいるわけですけど、これ、非常にモンスター的な存在感があるんだけど、これの風体が、色味こそ違うんだけど……今回の『アス』が赤っぽいのに対して黒っぽいんだけど、今回の「テザード(縛られた者たち)」とかなり近いムードの、怪物的な雰囲気だし。あまつさえ、そのモンスターめいた2人っていうのを、キーガン=マイケル・キーとジョーダン・ピールが、二役で演じているんです。完全に『アス』構造でやっているわけですよ。

そして今回の『アス』でも印象的だった……これは枝葉の部分ですけども、今回の『アス』でも印象的だった、N.W.A.「Fuck tha Police」ネタのギャグが、この『キアヌ』でも、形は違うんだけども先んじてすでにやっている、という。どんだけ好きなんだ?(笑)っていうね、「Fuck tha Police」ネタ。そう考えるとですね、さっき言った一大出世作『ゲット・アウト』も、やはり、比較的恵まれた環境にいる……つまり、「分かりやすく黒人的」ではないアフリカ系アメリカ人の主人公が、自分たちが置かれているその社会の、真実に向き合うことになる。自分が、その恵まれている環境にいるんだけども、ずっと密かに抱えてきた罪悪感とともに、本当は自分が置かれている立場とか社会のあり方っていうのと向き合うことになる、という点で、やっぱりジョーダン・ピールさん、今回の『アス』ともつながっているし、一貫した作風、テーマがあるなと。

要するに、自分自身は非常に育ちがいい環境で来たけども、同時に、アフリカ系アメリカ人としての諸々の社会問題とも無縁ではなくて……というようなところ。そこで一貫した作家性があるな、と思いますけども。ということで今回の『アス』、『ゲット・アウト』から引き続き、現代のアメリカ社会を痛烈に風刺する、ホラー映画っていうよりは、僕はやっぱり「SF的寓話」っていう感じのバランスだと思いますけど。寓話っぽい。やはりですね、今回も製作・脚本・監督を務めたジョーダン・ピールさん独特の、知的な面白さにあふれた一作だな、という風に思いました。

■細部と全体が響き合い、映画全体が不気味な共鳴音を発している

順を追っていきますけどね。まず、ファーストショット。古いテレビが映っているわけです。それが映し出しているのは、「ハンズ・アクロス・アメリカ」という、1986年のチャリティーイベントのCMを流している。ちなみにこのCMで、後ろにチープで演奏し直されて流れてる音楽が、実はエンディングで壮大に鳴り響く、ミニー・リパートンの「Les Fleurs」という有名な曲、それだったりするという。ここもオープニングとエンディングが対になっていたりするわけですけども。

これ、「ハンズ・アクロス・アメリカ」というチャリティーイベントがどういうものだったのかっていうのは、詳しくはパンフレットの町山智浩さんの解説とか、ネットなどで調べていただければ分かると思うんですが。とにかくここで、そのまず「ハンズ・アクロス・アメリカ」というCMが流れている。で、テレビの横にいろんなVHSビデオが並べられているわけですね。ホラー映画の『チャド』であるとか、皆さんご存知の『グーニーズ』であるとか、『ライトスタッフ』だとか、『2つの頭脳を持つ男』……これなんかはもう『ゲット・アウト』を完全に連想しちゃいますけども。そして、『エルム街の悪夢』とかが並んでいる。

あるいは、その後。幼き日の、少女だった主人公がサンタクルーズの遊園地てもらう、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のTシャツとか。あるいは、そのへんで立っている、ちょっと謎の男が掲げている紙に書いてある、旧約聖書のエレミヤ書第11章11節という。要するに神様が、自分の言うことを聞かなかった人間に、災いを下す。「お前ら、何を言ってももう聞かないよ」って言うような、そういうエレミヤ書第11章11節。つまり「11:11」となるこの数字、であるとかですね。そこから、その時点ではまだ観客には全く意味が分かんないんですけど、オープニングクレジット。

檻の中に並べられたウサギたちをバックにした、なんとも奇妙な印象を与えるオープニングクレジット。これを挟んで、時制が現在になってからも、たとえば長女が着ているTシャツ、パーカー。いずれもウサギのプリントだったり、あと「THO」って書かれているのはこれ、ベトナム語でやはりウサギを指す言葉、そう書かれたプリントであったりとかですね。あるいはまあ、これはもう終盤ね、「ああ、あれがこだましてるな」ってわかる、救急車のミニカーであるとか。しかもその救急車、エンディング、屋根についている数字、なんですか? とか、そういうのもあったりするんですけどね。

あるいは、何気なく交わされる会話、そのディテール。たとえばあの長女が語る、政府の陰謀論と、この世の終わり、そしてそれを直視しようとしない普通の人々、であるとか。あるいは単に「わたし、会話がちょっと苦手なのよね」とか、こんなディテールとか。もちろん後々ね、モロに『シャイニング』オマージュっていうのがはっきりする、『ゲット・アウト』でも『シャイニング』オマージュっていうのをやってたんですけど、それが明らかになる双子であるとか。

そもそも、全編で多様される左右対称、シンメトリカルな……非常にこれもやはりキューブリック的と言っていいと思うけども、左右対称な構図が、まあほとんど全編と言っていいぐらい、左右対称な画が頻出するんですけども。とにかくこの、実際にことが起こり出すまで、第1幕目で散りばめられる、僕がいま言ったような様々な描写、ディテール、細部っていうのが、実はそれぞれ、後に起こることを暗示とか予告するように、全体と響き合っている。細部と細部が響き合って、不気味な共鳴音を映画全体が発している、みたいな。映画を見終わると、全体が響きあってたことに後から気づく、みたいな。そういう、実はものすごく周到で緻密な作りになっているという。だから二度目に見ると、それがよりはっきりとわかってくるんですけども。

■一種のメタファー的な存在かと思いきや、後半から意外と具体的なシステムとして提示される驚き

ということで、そういう意味では、ホラー映画とか、そういうジャンル映画的なパッケージングなんだけども、やっぱり作りそのものは、アート映画的、という風に言えるかなと思います。で、ルピタ・ニョンゴ演じる主人公がですね、ガラスに写った顔越しに……この、鏡面、ミラーを使った演出はこれ、『ゲット・アウト』でもジョーダン・ピールさん、多用していました。

もちろん今回も、当然のようにテーマ的な必然性込みで……つまり、合わせ鏡の、鏡像的な存在が出てくるわけですから。そういう必然性込みで、全編でこの鏡、写し鏡の演出がいっぱい出てきますけども。とにかく、鏡の中のもう1人の自分と向かい合うかのように、もしくは向こう側の世界から語りかけてくるかのように、主人公が幼い頃に、ドッペルゲンガー、つまりもう1人の自分と出会ってしまったトラウマ、それ以来ずっと不安を抱えてきてきた、ってことを吐露したところで、まさにその恐怖が現実化したかのように、主人公たち4人家族とまさに鏡像関係的な、「テザード(縛られた者)」ファミリーが登場するわけですね。

ここ、ちょっとやっぱりね、最近のホラー映画で言うと『イット・フォローズ』的に……これ、『イット・フォローズ』的に見えるのには理由があるんですけどね。後ほど言いますね。『イット・フォローズ』的だったり。あと、いちばん下の男の子がちょこまかちょこまかと、動物的に動くっていう、あれはちょっと、『呪怨』の「俊雄くん」的だったりもしますよね。

ちなみにこのテザードの皆さんが着ている赤いつなぎ。もちろん囚人服風、つまり囚人のメタファーでもあると同時に、スラッシャームービーの代表格『ハロウィン』のマイケル・マイヤーズ風でもあり……並んだ時、こうやって(手をつないで)並ぶと、やっぱり「ハンズ・アクロス・アメリカ」のあの手をつないだアイコンそのものにも見えるし。そして同時に、やっぱりさっき言った『スリラー』のマイケル・ジャクソン風でもある。

同様に、片手に指なし革手袋をしてるんですけども、これもやっぱりマイケル・ジャクソン風でもあり、フレディ・クルーガー風でもある、とか。ハサミを持っているんだけど、ハサミっていうものは、「2パーツでひとつ」という道具であり、同時に「2つに切り離す」道具でもあるという。いちいちやっぱり全てが、シンボリックに機能してる、という感じなんですね。

で、要は彼らは、我々(アス)の似姿であり、こんな風な問答をしますよ。「あんたら、何者だ?」「We are American(アメリカ人だ)」っていう。つまり、この「アス(Us)」っていうのは「US(United States・アメリカ合衆国)」の象徴でもある。で、これ、「なるほどね。一種抽象的な、幽霊的なというか、メタファー的な存在なんだな。メタファー的な怖いやつなんだな。だから、実在はするかどうかわからない感じの人たちなのかな」と思いきや……後半からクライマックスにかけて、意外と具体的なシステムとしてそれが提示される、というあたり。

これ、「となると、ちょっと無理がないか? やっぱりこの設定は?」っていう気もちょっとしてくる、というこのあたりを含めて、『ゲット・アウト』と非常に重なる感じもあったりするんですけどね。まあとにかく、この「テザード」っていうのは、こういうことですよ……安穏と、何不自由なく暮らしている私たちと、完全に不可分な、なんなら対になる存在としての、日の当たらない、恵まれない存在。というか、存在さえ認められない人々、っていうことですね。

地球規模で通じる格差や不公平の問題を捉えた視野の広さ、射程の長さ

これは単なる「他者」じゃないわけです。単なる異物じゃなくて、我々のこの暮らしと完全に……この人たちがいるからこっちがある、我々がいるということは、向こうも生じる、という存在なわけです。で、彼らが自らの存在を主張し、「お前らの豊かさの分け前をよこせ!」と要求しだした時、さあ我々はどう振る舞うのか? どうなってしまうのか?っていう話、と考えると、これはもちろん、まさにいま「壁」を作って人々を分断し排除する、そのトランプ時代のアメリカというものを……特にエンディングは、その皮肉な裏返しですね。まあ、これも見てください。はい。

トランプが作ろうとしている「壁」の皮肉な裏返しとして描いている、のと同時にですね、ここ日本も、当然のことながら無論、全く無縁ではない。地球規模で通じる格差、不公平の話、という。やっぱり我が国の豊かさっていうのも、どこかの国の人々を、たとえば安い賃金で使うとか、資源をどこかで取ってきて、っていうことじゃないですか。で、一方では貧しい国がいて、っていう不均衡が確実にあるわけですよね。という構造と、もちろん無縁ではない。その意味で、アメリカの白人・黒人問題というものを描いた『ゲット・アウト』よりも、さらにやっぱり視野が広く、射程が長くなった作品、と言えると思うんですね。『アス』はね。

まあ今回、人種も超えた話ですよ、っていうのは、中盤、主人公家族の友人の白人一家がどうなるか、というところですでに示されているっていう感じですね。で、ともあれ湖畔の別荘にですね、ズカズカと上がり込んできたテザード・ファミリー、「縛られた人々」のファミリー。それがね、ネチネチと、心理的にも弄ぶようにいたぶる、というそのいたぶり方。これ、湖とボートというセッティングを含めて、僕はやっぱりミヒャエル・ハネケの『ファニーゲーム』を、ちょっと思い出しましたね。実際にジョーダン・ピールさん、キャストに見せた参考作の中のひとつに、『ファニーゲーム』が入っていたみたいですけどね。

で、ジョーダン・ピールさんね、ホラー演出、バイオレント演出は、比較的おとなしめな人なんですけども。要所要所でつい笑っちゃうネタを放り込んでくるあたり。この緩急のつけ方がやっぱり、さすがコメディ畑出身。さっき言ったN.W.A.「Fuck tha Police」ネタしかり。あと、僕が笑っちゃったのはやっぱり、「子供がショックを受けるだろ……」「もう遅いよ!」っていうあのやり取りとか、笑っちゃったりしますけども。で、なにがすごいって、僕はやっぱり、本作はテザードたち、縛られた謎の者たち、テザードたちとの戦いの全てが、一人二役で演じられている、っていうところ。ここがすごいなと思います。

特にやっぱり、主人公を演じたルピタ・ニョンゴさん。単に善と悪、陰と陽、この演じ分けをやるだけでも結構大変なのに、単に善と悪、陰と陽では分けられない、ちょっと詳しい説明は伏せますが、非常に入りくんだ……それこそ一挙手一投足、息づかいまで気を使わなきゃいけない、息づかいひとつ取ってもキャラクターの何かがにじみ出てきちゃうような、非常に複雑で大変な演じ分けを、少なくとも観客側にとってはごくごく自然にやってのけていてですね。やっぱりこれ、ルピタ・ニョンゴ、すごい俳優さんだな!って思いましたね。

■「なんか変だよな」っていう感じも込みで、不思議と心地よい不気味さがある

そんなこんなで、実質密室内での会話劇だった『ゲット・アウト』から打って変わって、今回の『アス』は、さっき言った『ファニーゲーム』的な別荘監禁物になっていくのかと思いきや、どんどんどんどん舞台が広がって、それにつれて事態も、ゾンビ映画級に広がっていく。ただし、ゾンビと違ってこのテザードたちの「革命」はですね、あくまでその、冒頭に示された「あれ」がモデルになってるあたりがですね、切ないやら不気味やらで……ちょっとある意味、健気でもあってですね。これまで数多くの映画で描かれてきたその黙示録的光景っていう中でも、かなり異色の……やっぱりはっきり政治的プロテスト色を感じさせる、非常に忘れがたいシーンというか、世界観になってるんじゃないかと思いました。

ちなみにですね、さっき言ったように、後半からクライマックスにかけて、本当にちょっとね、意外なほど具体的なシステムとして、事態が説明されるわけです。このあたり、やっぱり『ゲット・アウト』譲りでして。で、よく考えると「そう考えるとちょっと荒唐無稽すぎませんか?」とか「ちょっとそれ理屈が……じゃあ、これはどういうこと?」みたいに気になるところが増えていく、というあたり。これは僕、『ゲット・アウト』でもちょっと感じた部分でもあって。だからジョーダン・ピールさん、後半にそうやって具体的なシステムとして提示する、というのは、ひとつの作風なんでしょうが、好みが分かれるあたりだな、とは思います。

ただ、この今回の『アス』に関しては、ちょっとぼかして言いますけど、語り口にちょっと仕掛けが1個、あるんですね。なので、あのキャラクターの視点を通した、あのキャラクターが抱いてきた罪悪感込みの、あのキャラクターの視点を通した世界のあり方なのだと考えれば、これはこれでありではないか? むしろ僕はですね、さっき言ったやたらとシンメトリカルな、グラフィカルな左右対称な画面……これ、撮影監督はマイケル・ジオラキスさん。『イット・フォローズ』『スプリット』など、この手の画作りの名手ですね。

そして、プロダクションデザインのルース・デ・ヨンクさん。このお二方の手腕が特に光っていると思いますが、非常に整然としすぎているがゆえに、一種抽象的で、悪夢的でもあるこの画面の磁力の強さをもってですね、これはこれで、不思議と心地よい不気味さをたたえた展開だな、っていう風に思いました。妙にきれいだったりするあたり、変なんだけど、なんかその変さも込みで、「なんか変だよな」っていう感じも込みで、これはこれでありな語り口かな、今回の『アス』に関しては特に、と思いました。

まあ、決定的なネタバレを避けて言えるのは、これぐらいなので。とにかくですね、我々も含めた、この満ち足りた、安穏とした暮らしの足元を問い直すような、鋭い視点。まさにジョーダン・ピールの作家性ならではのものだと思いますし、まさにそれは、我々日本の観客も完全に他人事じゃない問題意識でもあるはず。それが『ゲット・アウト』よりも、より我々に身近なものとして感じられるテーマ設定が、今回の『アス』ではされています。

『アス』は、『ゲット・アウト』以上に、広く深い射程を持った一作になっていると思います。僕も、『ゲット・アウト』よりこの『アス』の方が好きな一作になりましたしね。やはりただものではない、ジョーダン・ピールさん。次あたり、さらにデカいホームランをかっ飛ばすんじゃないかな、というような期待もさせるようなところがございます。先ほど私が言ったような、本当に細部の細部まで張り巡らされた寓意とか伏線とかっていうのを、隅々まで堪能していただくために、もぜひぜひ劇場のスクリーンでウォッチしていただきたい、と思います。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『大脱出3』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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