お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


人はスイカさえあれば生きていける!?

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
7月16日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、国立民族学博物館の教授、池谷和信(いけや・かずのぶ)さんをお迎えしました。第26期TBSラジオ環境キャンペーンのこの日はカラハリ砂漠の野生スイカを通して見えてくる自然と人の共生の話。

池谷和信さん

池谷さんは東北大学から筑波大学大学院、東北大学大学院に進み、自然と人の共存、関わり方を研究してきました。研究テーマは、厳しい自然の中で野生の動植物を狩猟・採集・利用して暮らしている人々。日本の東北地方の山菜(ゼンマイ)採りやクマ狩り、ベーリング海のクジラ猟、アマゾンの新世界ザル猟、マダガスカルの巨大鳥の猟、そのほかインド、ネパール、ミャンマー、タイ、ラオス、ベトナム、インドネシア、フィリピン、バングラデシュ…など、世界のあらゆる地域でフィールドワークを重ねてきました。

アフリカのカラハリ砂漠では野生のスイカで命をつなぎながら狩りを続ける狩猟民族「サン族」の暮らしを20年以上にわたって調査しています。長年の研究をまとめた本『人間にとってスイカとは何か』を2015年に出版。そのユニークなタイトルが注目され、「日本タイトルだけ大賞」を受賞しました。もちろん今日はタイトルだけでなく、その中身をたっぷり伺いました。

人間にとってスイカとは何か

スイカの原産地はカラハリ砂漠だといわれています。現地の野生スイカは日本でみるスイカとはだいぶ違います。大きさはソフトボールぐらいで、味はそれほど甘くありませんが栄養価は日本のスイかより高いそうです。1年の半分以上が雨の降らない乾季で、井戸もない砂漠の村で暮らすサン族にとって、スイカの水分はまさに貴重な「水がめ」。貴重な飲み水をスイカから取り出んです。スイカを細かく砕いて鍋にかけ上から灰をかけると、なんとスイカの身が溶けて、10~15分ぐらいで水分と繊維質に分離するんです。その上澄みを取り出して、狩りの際の水分補給に使っているんです。

サン族はスイカを栽培していませんから、野生スイカのある場所にキャンプ(簡単な住まい)をつくってそこを井戸の代わりとして、厳しい砂漠での狩りを続けているんです。そしてそこのスイカを食べつくしてしまったら、また別の野生スイカを求めて移動するんです。また彼らは飲み水としてだけでなく、食用にも利用しています。ただ、私たちのようにそのままかぶりつくだけでなく、スイカ鍋にしたり、丸焼きにしたりと、いろいろな食べ方をしています。なんと、スイカを石鹸としても利用しています。さらに、ヤギやニワトリたちもスイカを食べて生きています。カラハリの生き物にとってスイカはただの果物ではないんですね。

スタジオ風景

カラハリでは、自然保護区に暮らしてきたサン族を保護区の外に強制移住する政策が実施され、彼らはいつでも水が確保されている「便利な生活」を送ることになったのですが、また自然保護区内(つまり水のない砂漠)にわざわざ戻る人たちが出てきたんです。水がなくて不便でもスイカで水を補給して狩りをする生活に戻った…。そこに私たちにとっても大切なメッセージがあるかもしれません。

ヒトが類人猿と分かれたのは700万~500万年前。農耕が始まったのが1万年前。つまり人間の歴史の99%以上は狩猟・採集の暮らしなんです。農耕が始まって人間は文明を手に入れましたが、逆に失ったものもある。それが何なのか、池谷さんはこれからも調査の旅を続けるそうです。

池谷和信さんのご感想

池谷和信さん

大阪では会話の中に笑いを求められるところがあるんですが、今日は久米さんのペースやテンポがあるのでそれを壊さないように話しました。話がかたくなりすぎていなかったですか? でも久米さんが私の本をかなり読み込んでいたのには驚きました。こちらがほんの1行、2行書いた部分をぐっと拡大してお話されていましたから。カラハリ砂漠の話の中に、私の野球部時代のことや東京の多摩ニュータウンのことなども入れて、それを全部つなげるところはさすがですね。

後半のほうで久米さんからお話があったように、カラハリの狩猟民がスイカを食べた後に家の周りにタネを捨てて、そこから次の芽が育って、そのうち家の周辺にスイカがまとわりつくようになっていったのが、もしかしたら人間がスイカを栽培するようになったきっかけかもしれません。狩猟・採集から農耕・栽培に移行する過程ですね。そう考えると、普段私たちが食べているスイカひとつから、人と自然の共生の歴史や文化が見えてきますね。

今日は久米さんにお会いできて光栄でした。最後は国立民族学博物館の宣伝までさせていただいて、ありがとうございました。