森鷗外は、夏目漱石とならぶ明治・大正時代の文豪。
江戸の終わりに生まれた鷗外は、
明治17年から3年半、陸軍の軍医として、ドイツに留学、
西洋の近代的な学問・思想・文化を吸収してきました。
その後、医者をする傍ら、文筆活動にも入り、
『舞姫』『高瀬舟』など多数の小説を発表します。

『山椒大夫』は中世から近世に流行った説教節『さんしょう太夫』をもとに、
母親と姉、弟の愛情を、明治時代の理想的な姿として、
新しい物語にしたものだそうです。
        

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淡い恋心を描いた青春文学の傑作、田中英光作『オリンポスの果実』
 田中英光は、1913年赤坂に生まれました。
早稲田大学を出た後、同人誌に小説を寄稿。
それが太宰治の目にとまりました。 太宰は「君の小説を読んで泣いた」と田中に葉書を送ったとされています。
太宰が心中した翌年、師匠、太宰治の墓の前で自殺を図りこの世を去りました。
そんな無頼派として位置づけられる田中英光ですが
最も有名なこの『オリンポスの果実』では、スポーツと恋という 青春の二大テーマを瑞々しい文体で描きました。
『オリンポスの果実』は、作者の田中英光の実体験がベースになっています。
田中自身、早稲田大学に在学中にロサンゼルスオリンピックにボート選手として出場した経験があります。
この作品は、1977年にNHKの銀河テレビ小説で映像化されました。

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ヘンリック・イプセン作「人形の家」

この作品は、1879年にデンマーク王立劇場で上演されました。

上演されるやいなや、たちまち大評判となり、 イプセンの作家としての地位と名声を不動のものにしました。

また「人形の家」の作品で、弁護士ヘルメルの妻、ノラの下した決断は、 当時、社会現象になるほどの衝撃を観衆に与えました。

世界的に有名になった『人形の家』は、137年たった今も 色あせず、世界各地で上演されています。

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『ハックルベリー・フィンの冒険』 以前、この番組でとりあげた、『トム・ソーヤーの冒険』の続編です。

前作で脇役だったハックルベリー・フィンという少年が、 広大なミシシッピー河を筏で下りながら、成長していく物語。

この小説は、続編として書かれながら、前作を上回る傑作となりました。

あのヘミングウェイは、『アメリカ近代文学は、みな、この一冊から生まれたのだ』 と語ったそうです。

作者マーク・トウェイン

1835年、アメリカのミズーリ州に生まれ。

父が借金を残して亡くなったので、兄の出版の仕事を手伝ったり、 蒸気船の水先案内人、新聞記者などをしながら、小説を書き始め、 41歳の時、『トム・ソーヤーの冒険』を出版。

その後、『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』など、 たくさんの作品を書き、1910年、74歳で亡くなりました。

『あしながおじさん』の作家・ジーン・ウェヴスターは、 彼の姪っこの娘に当たるそうです。

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ドイツ文学の珠玉の名作として名高い、シュトルムの『みずうみ』

テオドール・シュトルムは、1817年北ドイツに弁護士の息子として生まれ

生涯の大半を法律家として過ごしましたが、

30歳を過ぎた頃から、詩作に励みます。

1849年、32歳で発表したこの『みずうみ』で

いきなりドイツ文学の詩的リアリズムの寵児に君臨します。

郷愁を誘う美しい文体は、多くの読者を魅了しました。

 

テオドール・シュトルムは、父親と同じ弁護士になりますが、

25歳の時、年下の女性にプロポーズして断られます。

そのときの想いが、『みずうみ』に昇華されたと言われています。

彼は結局、29歳のときに従姉と結婚しますが、

ドロテーアという女性を好きになってしまい悩みます。

悩んでいるうちに、妻が病気で亡くなり、結局、ドロテーアと再婚しました。

 

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